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H20.8.6(水)
NPO法人スローライフ夢クラブ 野菜の収穫続く
農林水産省の発表によれば、2007年度のわが国の食糧自給率が2年ぶりに40%台に回復した。好天候による国産小麦の豊作や輸入小麦の高騰で、米の消費が拡大したことが主な要因となっている。政府は自給率を50%に引き上げるために努力して頑張ってきたが、今回の自給率アップはそうした努力の結果ではなく、外部の要因が大きく影響しており、その点がちょっと寂しい。
もとより、本市も学校給食に米飯給食を積極的に進めてきており、地産地消の成果をあげている。
要は、大量に輸入されている小麦から作られるパンや麺類から、自給率の高い米のご飯を食べていただければ、50%に近づく。米の自給率は94%を確保しているのだから。ちなみに野菜は81%で、小麦にいたっては14%しかない。その低い自給率の小麦から作られる食品に依存していては、自給率をあげることはかなり難しいと思っていたところ、大幅な高騰。相次ぐ値上げラッシュの中で、主婦の財布のヒモは固くなっている。勢い、安くて手ごろ感のある米にシフトしていくのは自明の理だ。今、米の消費を拡大するために、本県などが「米粉」の開発と普及に躍起になっている。小麦より安い米粉のラーメンが食べられるのも夢ではない。
夢と言えば、私たちのスローライフ夢クラブも今が夏野菜の収穫の真最中。今年は、16家族2法人でスタートした。それぞれの作物は順調に育ち、今年も大豊作。大地の恵みに感謝しながら、毎朝収穫に忙しい。
私の植えた作物は、ナス・キュウリ・トマト(4品種)・ししとう・ピーマン・サンチェ・オクラ・金時草・ニンジン・大葉の10種類。ニンジンは収穫済み。トマト・ナス・キュウリはみかん箱程度の収穫カゴに、毎朝2〜3杯はとれる。今や、有り余るほどで、喜んで貰ってくれる人がありがたい。わずか10坪ほど面積でこれだけの収穫ができるのだから、嬉しいことだ。
この他に、共同でやっている畑もある。今年は今のところ、ジャガイモ・枝豆・トウモロコシ・サトイモ・冬瓜・サツマイモを植え、ジャガイモとトウモロコシの収穫は終わり、枝豆も早生の「おつな姫」は既に収穫済み、茶豆がお盆頃の収穫になるだろうか。
いずれも出来ばえはよく、甘味があるとの評判だ。それもそのはず、油糟と鶏ふんを4tトラック2台分もの量を畑にまいたのだから。金にいとめはつけないと言えばオーバーな表現になるが、素人がゆえに、採算性など頓着無しにやっているからこそ、豊作も味の良さも、当然と言えば当然なのかもしれない。
農家の人に冷やかされる。「我々がそれだけ肥料を使えば、もっといいものを作れるけど採算が合わない。いかに金をかけないで良い物を作るか、そこが儲けになるんだから。」
全くその通りだが、そこが素人。そうや言ってもケチって、美味しいものが出来なければ何の楽しみもない。
我々の畑は、共有スペースの肥料まき・植え付け・収穫は、協同作業で行うが、畝つくり・マルチ掛けは農家の方にお願いして機械でやってもらう。これは、10坪ずつの個人のスペースも同じで、会員の肉体的な負担は少なくするシステムになっている。
今は、雑草が生え繁り、まさに雑草との戦い!全部で3反ほどになる耕地面積の草取りは、とても手作業では困難だと、草刈機を購入し、昨日は早朝から4時間ほど草刈作業を行った。
適度な疲労から良く眠れたし、今朝の目覚めも快適。時には肉体をいじめるのも健康を保つためには必要と実感した。
既に子ども達は夏休み。私の孫も8日に里帰りする。東京では、畑に親しむことなどまずあり得ない。野菜だって、スーパーで見るくらいだろう。私の畑に連れて行って、ナス・トマト・キュウリなどを収穫させよう。何にも勝る情操教育だと思うし、自分の手で収穫したものを食べる、好き嫌いなく全ての野菜を美味しくたべられるようになれば、望外の喜びだ。
もうすぐ会える。孫が帰ってくれば私も夏休み。孫と共に心身のリフレッシュをして、この夏を元気に乗り切りたい。
H20.7.24(木)
山東省 済南市への定期チャーター第1便が成功裡に終わる
7月19日、山東航空の飛行機が初めて新潟空港に着陸した。記念すべき済南市との双方向チャーター機が、満席の165人の済南市民を乗せて降り立った。
篠田市長、吉田六左エ門先生、塚田一郎先生と共に、済南市からの乗客の皆様を出迎えた。
折り返しその飛行機で、我々新潟市民131人が新潟空港を離陸し、済南市へ向け旅立った。
想えば、青島市へは4回、済南市へは今回が初めてだが、双方向チャーターを5年連続して催行してきた。昨年10月と今年3月の2回、済南市当局と協議を重ね、済南市側の航空路開設の熱意を肌で感じてきただけに、篠田市長を団長とするこの度の大型訪問団は、済南市当局に大きなインパクトを与えるだけでなく、航空路開設にも大きな前進が期待できる旅立ちとなった。
済南空港に到着すると、花束の贈呈を受け、古い友人 閻継紅先生ら済南市要人の皆さんのお出迎えに恐縮した次第である。尚且つ、この後予定されている会談の会場・舜耕山荘までの約1時間の道程をパトカーの先導のもと赤信号もノンストップ。これには観光バス5台に分乗した参加者もビックリ!感激していた。
さて、会談は張建国市長、陳先運副市長をはじめとする11名の済南市要人と、新潟市側は篠田市長、吉田・塚田両国会議員を含め27名出席のもとで行われた。
冒頭、張建国市長から「済南にとって、日本への直行便を持つことは長きに亘り大きな課題であり、その意味ではこのチャーター便は非常に大切である」と、熱烈歓迎の言葉の後に強調しておられた。
篠田市長からは「両地域は観光資源に恵まれているだけでなく、首都までのアクセスに便利であるという点からも、この路線はある一定の利用者を見込めるのではないか」、「次のチャーター便で張市長をご招待したい」とも加え、定期航空路開設実現を訴えた。
結果として、定期便化に向けて努力していくことで共通の認識を得ることができた。
翌日の昼食会も済南市の人大からご招待を受け、徐華東主任からも席上、航空路開設はの意気込みと共に、教育・文化・スポーツ等の分野でも結び付きを深めていく必要性を語られていた。
私はこの後、大急ぎで青島市に向かい、青島市人大主任の張若飛先生と会談を行った。
実は、新潟市議会と青島市人大との長期交流協定の打合わせを行うためであった。既に、青島市側から交流協定の案文をいただいており、内容について異存はないが、いつどこで調印するかを打合せる必要があった。結果、青島市側が来年の年明け早々に新潟を訪問して調印することで決まった。
済南市との双方向チャーター催行並びに会談は、地元の済南日報に大きく掲載され、テレビでも報道された。特にテレビは、全国ネットで放映されたとのことで、済南市側の熱の入れ方がここからもうかがえる。ここに済南日報で報道された記事の翻訳を掲載する。皆様にも熱烈歓迎の雰囲気をお伝えしたい。
『 済南―新潟旅行チャーター便が開通
張建国市長・徐華東主任が日本新潟交流団と会見
本報7月20日電(記者 王瑞鵬)
7月19日、済南―日本新潟を結ぶ旅行チャーター便が正式に開通した。新潟市長篠田昭氏が新潟市友好交流団を率い、首便に乗り来訪した。19日、20日に共産党済南市委員会副書記・済南市市長 張建国、済南市人民代表大会常務委員会主任 徐華東は、交流団とそれぞれ会談を行った。
新潟市は日本最大の港町であり、日本でも著名な観光地でもある。済南―日本新潟を結ぶ旅行チャーター便が開通し、新潟は済南にとって日本への直行便が実現した初めての都市となった。運行時間2時間で、これまで済南から日本へ行く旅客が北京や上海で飛行機を乗り換えねばならないという状況を変えることになった。旅行チャーター便は不定期に運航される。7月19日、初めて新潟を訪問する済南の150名の旅客は順調に新潟に到着し、5日にわたる旅行を開始した。今回済南を訪れた新潟市友好交流団は本省の観光地を見学する予定である。
会見時、張建国市長は済南市政府と全市民を代表し、交流団の来訪に熱烈な歓迎の意を表した。張市長は、「済南は山東省の省都だが、歴史ある文化都市でもあり、非常に多くの文人墨客が済南で生活していた。済南の泉は非常に有名であり、「泉の街」と呼ばれている。済南の日本における友好都市は和歌山と山口である。済南―新潟を結ぶ旅行チャーター便開通後、経済・文化・教育・スポーツ・科学技術などの分野での交流がさらに促進されることを希望する」と述べた。
徐華東主任は会見時、済南の旅客が新潟において温かい歓迎を受けていることについて感謝の意を表した。徐主任は「この2日間、日本の友人の皆さんが済南を観光する過程で、双方の交流はさらに深まり、相互理解が増進した。チャーター便開通後は、さらに多くの日本の友人の皆さんが済南を訪問し、交流して、双方の関係発展が促進されることを希望する」と述べた。
篠田昭市長は済南市の温かなもてなしに感謝の意を表した。「済南の観光名所はとても美しい。帰国後は日本の友人たちに山東や済南の美しい景観を紹介する。チャーター便開通後、双方がさらに密接な交流を進めることを希望する」と述べた。
交流団は滞在中、全団員が四川地震の被害地に募金し、被災地区の人々の生産的な生活の回復を援助した。
共産党済南市委員会常務委員・副市長 陳先運氏、済南市人民代表大会常務委員会副主任 段青英氏が関連する活動に参加した。
(済南日報 7月21日)』
以上、雑駁ながら取急ぎの報告とし、これからも折にふれ続報をお伝えしていこうと思う。
H20.7.2(水)
6月定例会が閉会
6月13日に召集された6月定例会が、昨日閉会した。
付託された議案は31件、諮問2件。継続繰越計算書の報告が4件。異議申立に関する諮問が3件。いずれも賛成、若しくは承認で可決された。ただし、異議申立てに関する諮問は、棄却された。これはふざけた話だ。昨年の定例会でも棄却している。秋葉区役所の職員が、区役所内の駐車場が有料になったことに異議を申立てたもので、駐車料金を払うのが嫌なら、マイカー通勤をしなければ良いものを、「無料にしろ、マイカーで通勤させろ」と我を通すのは、間違っている。棄却は当然だ。
今定例会の目玉となる議案は「新潟市ポイ捨て等及び路上喫煙の防止に関する制定について」である。この条例の制定は、合併協議の段階から条例制定の必要性が言われていた。旧新潟市、旧横越町、旧亀田町以外の市町村では、合併以前から「環境美化条例」を制定しており、合併により廃止されたが、この度の条例制定により全市的に美観の保持や美観を害する行為に取り組む体制が整ったからだ。また、路上喫煙禁止区域(古町、万代、新潟駅前)を設け、違反すると1,000円の罰金を科する罰則規定も定められた。これらの取り締まりに「環境美化委員」を採用し、啓発、過料徴収、パトロールなどを実施して、実効性を挙げるとしている。
私は愛煙家だ。やめようと思ってもやめられないのがタバコだ。自宅も事務所も自家用車も禁煙。肩身の狭い思いをしながら、今もってやめられないのだから情けない話だ。だけど、ポイ捨てや人混みでの路上喫煙は良くない。咥えタバコで歩く人を見ると、私が見ても決して格好良くない。第一、危険だ。手に持ったタバコの火が、子どもの目に当たり火傷をさせた事故もあった。こういう
危険な行為は、禁止すべきだ。もちろん、ポイ捨てなどもってのほかだ。古町地区を歩くと、タバコの吸殻が歩道上にたくさん捨てられている。これを見ると、いかに公共心・道徳心のない愛煙家が多いことか。嘆かわしい限りだ。実は、私の自宅脇と事務所の前の歩道に、毎日必ず吸殻が捨てられている。出勤途中に吸って捨てて行くと思うが、どんな人が捨てていくのか犯人探しをしたくなるほど腹が立つ。ポケット灰皿を携帯していれば、捨てなくてもいいと思うが、世の中にはモラルの無い人もいるものだ。
モラルと言えば、今回の条例で、飼い犬・飼い猫のフンの放置も禁止された。「何人も、屋外で発生したフンを回収するために用具を携帯し、フンを持ち帰るよう努める」と、努力目標ではあるが、規定された。自宅脇に、街路樹としてイチョウの木が2本植えられている。その植え込みの僅かなスペースに町内の人たちが、きれいな花を植えて、四季折々の花を咲かせ、フラワーロードともいえる技官をつくっている。私も3年前に芝桜を植えて、見事に花を咲かせた。ところが、犬の散歩中にフンをするのに格好の場所なのか、私の見ている前でフンをさせ、始末をしないで堂々と立ち去る。こういう人を見ると呆れ返って注意する気にもなれない。花の絨毯になった芝桜の上に、ぽつんとフンが残る。こちらは気持ちが悪くて、芝桜の手入れも出来ないし、雑草だって抜く気になれない。その植え込みはフンだらけなのだ。飼い犬のフンの始末くらいは常識だと思うが・・・。その常識を条例で制定しなければ、美観を保持できない世の中になったのだろうか。
そもそも新潟市の条例制定が遅すぎたという批判も聞く。確かに政令市の中で、路上喫煙禁止は既に16市で制定しているし、ポイ捨て、飼い犬のフンの放置も15市が制定している。また、市民アンケートでも、全体で54.5%の市民が賛成している。こういった状況を勘案して、私は自信を持ってこの議案に賛成した。
さて、議会も終わり、7月19日に実施する新潟―済南の双方向チャーターの準備が大詰めを迎えている。航空路開設に向けた大事業だ。今回は、篠田市長が訪問団の代表として行っていただける。市長に恥をかかせられない。抜かりない準備に没頭したい。
H20.6.20(金)
NPO法人スローライフ夢クラブの野菜づくり
今日は私の誕生日。
いつもはとっくに梅雨入りしているのに、今年はどうなっているのかと心配していたら、昨日、久し振りに雨が降って、梅雨入りが宣言された。
畑をやるようになってから、天気が気になる。4月下旬に植えたトマト、ナス、キュウリ、ブロッコリー、シシトウ、ピーマン等の苗が育ち盛り。キュウリはもう実をつけて、収穫が始まっている。そんな一番水を欲しがっている時に、この雨をどんなに喜んでいるか。
晴れてばかりでは花は咲かない。雨が降るから花を咲かせ、実をつける。
それにしても、全国的に梅雨入りしているのに北陸地方は10日遅れの梅雨入り宣言。気のもめるここ数日だった。田圃には用水路が完備しているが、畑はそうはいかない。適当に雨が降らないと作物は育たない。育たないどころか枯れてしまう。当たり前の話だが、だからといってせっせと水をやると根が地表に張って水を求めるようになるため、地中に根が入っていかない。あまり過保護に水をやりすぎると根を張らなくなり丈夫な野菜にならず、実も少なくなるそうだ。野菜もなかなか逞しく強いもので、自ら水を求めて地中深く根を張っていくのだという。農家の方からこんなアドバイスを聞くと、この塩梅が難しいことだと痛感する。
また、どこか私たち人間の子育てにも共通するように思える。子どものときに、親が甘やかして育てた子どもが健全に育つのか・・・。精神的にも体力的にも、畑の野菜のように自ら水を求める強さと逞しさを持てるような子育てが出来れば、若者による凶悪犯罪や秋葉原の通り魔事件のような悲劇が引き起こされることも、あるいは防げたのかもしれない。
数日前に、昨年秋に植えた玉ねぎを収穫した。厳しい冬を逞しく生き、育った玉ねぎがいとおしい。スーパーの店頭に置いても遜色ないほど立派に見える。
次の収穫は、3月下旬に植えたジャガイモだ。今、薄紫色の花を咲かせているが、花の終った7月上旬には収穫できるだろう。
私が畑を始めてから3年目だ。「NPO法人スローライフ夢クラブ」を、畑仲間7人で設立して以来、今では18家族に増えた。皆さん熱心で、野菜作りも上手になった。家が近い人は、葉物・果実物など日々収穫するもの、遠い人は根菜物を中心に作付けしたり、それぞれ工夫して野菜作りを楽しんでいる。
ジャガイモや早生の枝豆が収穫される7月下旬には、仲間が一同に会し私の庭で収穫祭を行う。採れたての枝豆は実に旨い。ビールがいくらでも飲める。ジャガイモはトン汁になる。これにバーベキューが加われば、野趣溢れるガーデンパーティーだ。今年はジャガバターやトマトやキュウリを使ったサラダもメニューに加えたらどうかなぁ、と考えるだけでも楽しくなってくる。
我々まちに住む者にとって、畑はスローライフを楽しみながら収穫の喜びを得られる貴重な場所だ。今年は、子どもの情操教育のために参加した人もいるし、枝豆の植付に小学生と幼稚園の子どもを参加させた親もいた。会員の中には孫に収穫をさせている人もいる。さながら畑が、食育体験の場になり、世代を超えたふれあいの場になり、自然と共存してきた先人の知恵を学ぶ場となっている。もちろん、楽しみながら。
ところが、農業を生業とする農家では畑はお荷物になっている。「手間がかかる、体がきつい、収穫したところで市場に持って行ってもいくらにもならない。米は機械化されているので、楽だし安定して採れる。」こんな声が農家の方から聞こえてくる。
夢クラブの畑は西野地区にある。東区に隣接する江南区の水田に囲まれた70戸ほどの集落だ。現在専業農家は5戸。田圃を持っていても委託していたり、手間のかかる畑となると人に貸していたり、それでも耕作放棄地は増えるばかりの実情だ。昨年の米価下落が拍車をかけている。
『都市住民と農村住民が連携してスローライフを体験しながら、集落の活性化を図りたい』とは、私の5期目の選挙の公約だ。今、それが実を結ばせる時が来た。それは、新潟市が農村集落活性事業として、西野地区をモデル地区とした事業を実施する予定となったからだ。
私は、毎週土曜日18時からの「人生の楽園」という番組が好きだ。早期退職やリタイヤした夫婦が第2の人生を、生き生きと田舎で暮らす様子を伝えた番組だ。
農に親しみながら、汗を流して収穫の喜びを味わう。そんな素晴らしい人生を、ちょっぴり田舎の西野でもできるようになるのだ。優良田園住宅制度がある。市街地調整区域でも一定の条件をクリアすれば、住宅を建てられる制度である。この制度を活用して、首都圏の人達が移住してくる。それが私の夢だ。
その構想を「アグリビレッジ」構想として、市に提案した。優良田園住宅のほかに、元気なお年寄りが農に親しみながら生活できる福祉施設、市民農園、農産物の直売所や農家レストラン、こういった施設を配置して、既存の西野集落の人達と新住民の人達が手を携えて、楽しく生活していけること、実現できれば望外の喜びだ。西野地区には、都市住民を引き付ける魅力がある。僅か70戸でも、この地に引き継がれ培ってきた文化がある。首都圏の人達に自信を持って勧められる「アグリビレッジ」構想である。
7月になれば、キュウリに続いてナスとトマトも収穫できる。今、盛んに小さな実をつけている。これが大きくなって感激の収穫だ。こんなに楽しいことが、都市住民を引き付けない訳がない。
忙しくとも、朝5時に起床して畑に直行する。家内は「畑が起こしてくれる、畑が呼んでる」と冷やかすが、それほど楽しいのだ。
アグリビレッジと対を成している「エコハウジングタウン」構想。この両構想は、私の政治活動の集大成だ。全知全能を尽くして実現させなければならない。
150坪ほどの畑から始まったNPO法人スローライフ夢クラブも、今年は3反(900坪)も耕作している。この先には「アグリビレッジ」と「エコハウジングタウン」という大きな構想がある。
蒔いた種は、確実に芽を出させなければ。
H20.6.12(木)
四川大地震義援金を中国大使館で贈呈

5月12日に発生した中国四川大地震から1か月が過ぎた。被災地の現状がテレビで伝えられるたびに、その規模の大きさに驚かされる。昨日現在の被害状況が、今日の朝刊で報じられている。
死者69,146人、負傷者374,131人、行方不明者17,516人。被災者46,249,048人、これはスペインの人口に匹敵する。
これまでに要した財政出動は236億元(3,540億円)、国内外からの寄付が445億元(6,675億円)、用意されたテントが105万張り。財政出動は救助を中心とした経費と思われるので、本格的な災害復旧となればこの何十倍にも膨れるのだろう。テントだってまだまだ足りない。中国国内のテント業者に24時間体制で製造にあたらせているようだが、いかんせんスペイン一国に等しい人達が被災しているのだから、当然足りる訳はない。仮設住宅の建設も始まっているとの報道もあったが、希望する人全員に行き渡るには何年かかるのだろう。気の遠くなる話だ。
こんな中で、私が理事長を務める「日中友好促進新潟市議会議員連盟」が呼掛け人となって、市議会議員の皆さんにご協力をお願いし、四川大地震への義援金を中国大使館に贈ることを決めた。結果、56人全員のご賛同をいただき、30万円の義援金が集まった。
6月10日、中国大使館政治部公使参事官 馬継生氏と面会の上、手渡した。
私から「この度の四川大地震に被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。私ども日中議連で義援金を呼び掛けたところ、全員の議員が賛同し、ここにお持ちしました。どうぞお受取ください。」と、申し上げた。
馬継生氏からは「遠くからお出かけいただいた上に、新潟の皆様の心のこもった義援金に感謝します。この義援金については、崔天凱大使に報告して、本国外務省に送らせていただきます。」と丁重に述べられた。私から「今、中国は大変つらい時であります。そのつらい時に隣国である日本が、救いの手を出すのは当然であります。」これに対し、「日本の国際援助隊は、どの国よりも早く援助に来てくれました。日本の援助隊が亡くなった中国人に黙祷を捧げた光景は、中国国民に衝撃と感動を与え、これからの中日友好に大きな足跡を残されました。」と、馬継生氏は感激が甦った面持ちで話された。私から「私どもも45年前に新潟地震という大きな災害に遭いました。そして最近では、中越地震、中越沖地震と立て続けに地震が発生しております。この時の地震で『新潟は恐い所』という風評被害に悩まされました。今、中国は日本からの観光客が激減しています。これから新潟のように風評被害が出ることを心配しています。そこで、我々の日中議連は、7月19日に『中国を応援しよう』とタイトルをつけて、山東省済南市に双方向チャーターを実施します。」と言ったら、馬継生氏が「新潟の皆さんの温かい配慮に感謝します。このことも大使に伝えます。」そこで、このチャーターは、将来の定期航空路を目指しているので、大使館としても協力していただきたいと要望してきた。
ついでにもう一つ要望してきた。それは、中国大使館を新潟に設置していただきたいということだ。この件については、私が議長時代に北京の中国外務省まで出かけて、羅田広氏に陳情した経緯がある。日中政府間協議により、双方2ヶ所増設することが決まっているが、そのうち1ヶ所は名古屋市に決まった。もう1ヶ所が未決定であり、新潟・仙台・広島が争っている。広島は福岡市に近く、ほぼ脱落だろう。残りは新潟と仙台。
「新潟は政令指定都市に移行し、本市には5,000人の中国人が住んでおり、県内には2万人近くの方々が住んでおりますし、山形、長野、群馬、富山などの近県を含めれば、新潟に設置するのが最も適切だと考えます。また、中国東北部、ロシア、韓国とは歴史的に見ても関係が深い地でもあり、日本海側に領事館を置くことは、中国側にとっても利益になると思います。」

馬継生氏「私は個人的には、新潟賛成論者です。それは私自身が新潟に1年住んだこともありますが、何といっても新潟は日中国交回復を実現した田中角栄先生のおられたところであり、中国東北部との結びつきも深く、三角航路が出来れば、もっと経済交流も活発になるでしょう。ただ、新潟はもっとPRをすべきですよ!もっともっと強力にやらなければ。これはここだけの秘密の話ですが。」
最後は激励を受けた感じだが、義援金を渡すのが目的であり、領事館の誘致はまた別の機会に。
H20.5.16(金)
憲友会中山支部の皆さんと懇談
昨日(5/15)、私の後援会憲友会の、中山支部の皆さんと懇談できた。
久し振りにお会いし、和気藹々。ついつい飲みすぎて、今日は頭が重い。(乱文になることをご容赦願いたい!)
私のホームページに後援会のことを書くのは久し振りだ。何ゆえ、書いておかなければと思うのか・・・。それは、政令市移行2年目となるこの時に、政令市効果を高めて結果を出さなければならないという時に、そんな期待感とは裏腹の実に多くの市政への不満を耳にしたからだ。
中山支部の役員の皆さんは自治会長さんが多いこともあり、区役所と自治会の間で難儀している問題が多く、「一緒にがんばりましょて!」と私にハッパをかけてくださったと理解している。
ここで、出されたご意見を備忘録を兼ねて記述する。
「今、区自治協議会では会議をするにも、ジプシーのようにあっちこっちでやっている。やはり早急に区役所を作ってもらいたい。」
「中山地区は、自治会の集まりをするにも場所がない。区民会館を作って会議の場所を確保してもらいたい。」
「ゴミの有料化は議会も議決して決まったことだから賛成するが、人的な負担は全部自治会が請け負わなければならない。多少の補助はあるが、人を確保するには自治会費から追加負担しなければ不可能だ。当初は、市役所がゴミステーションに立つという話だったのが、いつの間にか「全部自治会でやれ」という話になっている。これでは、自治会は市役所の下請けだ。」
「ゴミステーションを設置する場合、市の補助は上限15万円で、3年で打ち切りだ。これを延ばしてもらいたい。」
「一斉清掃の助成金にしても、3年間だけ。これも延ばさなければ。」
「災害時の要援護者の数が急激に増えた。1人につき3人の援護者が必要という人もいる。しかも、独居老人ならいざ知らず、家族と同居している人が「3人必要」と申請していたりする。いざ地震となれば、まず自分の身、家族の安全。それを確保した上で、初めて人様を助けに行ける。自分の家族をほったらかしにして、若い同居家族もいる要援護者を助けに行けるだろうか。この制度に対する市役所の周知が徹底されていないためではないのか。」
「防災訓練の役員会議や、訓練実施日にジュースやお茶などペットボトルの1本もだしたいが、市役所の助成金では、飲食は一切ダメとなっている。飲みたいからというのではなく、暑い日の訓練にお茶の一杯も認めないなんておかしい。結局、自治会費から出すことになり出費が大変だ。」
「コミュニティー協議会の助成は10万円だ。新津では120万円と聞いている。何で同じ市なのにこんなに違うのか。しかも、自治会長で組織している自治連合会には一円の助成もない。より広域的に活動する場合、特に防災訓練などは効果があるのに、広域的な活動をする自治連合会に助成がないのはおかしい。」
「竹尾小学校の5、6年生に、総合学習で菊を育てさせたいので「苗を160本、鉢にさしてくれ」と頼まれた。まあ、金もかかるけど、子ども達が大輪の花を咲かせられるようにやってやるさ。」
「赤道に布設する雨水貯留管の工事が始まるが、この貯留管と繋ぐ枝線がまだ決まっていない。決める前に我々とも相談して欲しい。自治会内のことは自治会長が一番知っている。どこに雨水が溢れるのか。どこの道路が冠水するのか。役所だけで勝手に決めないでもらいたい。」
などなど・・・・。二日酔いの頭でも思い出せるのはこのくらいだが、2時間半の懇談の中、まだまだ数多くのご意見があった。
私も自治会長を18年やったので、皆さんのご苦労は良く分かる。それにしても、今の市役所は分権型政令市の名のもとで、大きな権限を区役所に与えたわけだが、余りにも大きな権限すぎたのか、区役所で完結するには荷が重すぎるのか。政令市移行前より、自治会にかかる負担は過重すぎるほどに重くなった。加えて厳しい財政環境の下、助成金や側溝などの管理費は、毎年削減されている。それでも、竹尾小学校の菊栽培のように学校への協力は、どこの地区でも積極的に行っている。
今、自治会費の平均はいくらになっているのか。私の自治会では月400円、年額4,800円。この他に赤十字に年末助け合いなどの募金が年間約5,000円。私の自治会の自治会費は、石山地区でも安い方だ。この上に市役所の行政執行上のことで、自治会が負担を求められるのはいかがなものか。
「地域のことは地域で解決していく。そのための分権型だ。」・・・言葉では理解できるが、実態はと言えば、汗と金が出て行く自治会長さんは大変だ。
心から同情し、励ましたくなる。
H20.5.6(火)
「大和ミュージアム」と「原爆記念ドーム・原爆資料館」の旅
5月3日から5日までの2泊3日で、孫を連れて旅に出た。小学校4年生の侑基君と2年生の千佳子ちゃんだ。
広島市の原爆関係の施設には、一度は連れて行きたいと思っていた。平和の尊さを知り、平和な日本を愛する気持ちを持って育って欲しいとの想いからだ。
「大和ミュージアム」は、侑基君の強い希望でコースに入れた。もともと軍艦や戦闘機のプラモデルを組み立てるのが好きで、戦艦大和に憧れていたこともあり、まだ雪が降っている頃からのリクエストに、この連休に約束が果たせたというわけだ。
(・・・大好きな孫との旅で、すっかり孫バカぶりを発揮して好々爺!じじも、大いに楽しんできたのだった。)
さすがはゴールデンウィーク。大和ミュージアムは大混雑で、展示パネルも二重三重の人垣の肩越しにチラッと覗くのが精一杯だった。そんな中、戦艦大和の10分の1に精巧に復元した展示は圧巻だ。迫力がある。当時の技術の高さを感じる。
これだけの軍艦を、片道のみの燃料で沖縄に向けて出航させ、3,000人以上の乗員と共に海の藻屑に化してしまった日本軍司令部の作戦計画には呆れるほかない。莫大な国家予算を注ぎ込んで、さしたる戦果も挙げ得ずに大和の運命は尽きた。旧大蔵省の「昭和の三大バカ査定」という言葉が残っている。「戦艦大和、伊勢湾干拓、青函トンネル」、即ち莫大な無駄遣いの代名詞だという。
しかし、当時の技術の粋を結集し建造された大和は、当時の最先端技術の集大成であり、その技術は戦後の復興と高度成長を支え、現代にも受け継がれている。パネルに紹介されていた一例を記述する。
○ブロック工法・先行艤装 ― 従来、艤装の大半は進水してから行っていたが、大和では船体の組立てと並行して艤装を行う「先行艤装」が採用され、建造期間を短縮できた。こうした技術は、戦後造船業だけでなく、高層ビルなどの建築にも活用された。
○測距儀ほか精密機器 ― 目標までの距離を測る大和の15メートル測距儀は世界一の大きさと性能を持っていた。2組の上下像合致式とステレオ式の3連装式で構成され、こうした技術は、戦後カメラなど精密機器に大きな影響を与え、日本の精密光学機器産業は世界有数のものへと成長した。
詳しい説明は省くが、46センチ3連装主砲塔の技術からは、原子炉圧力容器の漏れなどを調査する水圧試験に利用されている。また、球状艦首(バルバスバウ)と言われる艦首部分に球状の突起をつけた技術は、50万t級タンカーから小型漁船にまで採用され、航続距離の増大と有効馬力の節約に役立っているし、大和に採用された装甲板は従来の装甲板に比べ、耐弾効力が高く、製造期間も約半分と画期的でコスト削減に繋がった。こうした技術は特殊鋼(合金)の製造に活用された。推進器(スクリュープロペラ)は、3枚翼で直径5メートルの超大型推進器でこの技術は鋳物技術の基盤となった。
大和は、戦争の劣勢を挽回することは出来なかったが、大和が残した技術遺産は大変大きい。このミュージアムはその点も強調したいのだろう。お年寄りから子どもまで人気のあるミュージアムだ。それぞれの年代によって、見る視点と感じ方も違うだろうが、侑基君は果たしてどう感じたのだろうか。
戦争の悲劇は、有史以来数限りなくあるが、最大の悲劇は広島・長崎に投下された原子爆弾だろう。その惨状を正確に伝えてくれるのが原爆資料館だ。人類のしでかす一番愚かなことは、核戦争だ。その廃絶と重要性を誰しもが感じるのがこの資料館だ。
こちらもまた大変な混雑の中、千佳子ちゃんの手をしっかり握って、館内を見て廻った。焼け爛れた体の子ども達、リアルに伝える模型。どれも正視できない。私はここに来たのは3回目だ。その度に胸が締め付けられる。千佳子ちゃんが「かわいそうだね」、「かわいそうだね」と、展示物を見て何回言ったことか。「何で戦争なんかしたんだろう」と、問いかけてくる。戦争の愚かさを、小学2年生の子どもにも分かるのだろう。
侑基君「日本は原子爆弾を作れなかったの」、「戦争をしなければいいんだよ!」とは千佳子ちゃん。原爆記念ドームで原爆の威力の凄まじさを知り、平和記念公園で亡くなった方々の冥福をお祈りする千羽鶴の多さにびっくりしていた孫達。悲しい事実は消せなくても、二度と繰返さないためにどう考え、どう行動するか、子ども心にも感じたのではないか。
千佳子ちゃん「私も鶴を折る。ここに飾ってもらうよ」、「千羽鶴だから、千折るんだよ」と私。「エー、千も」、「学校の友達とみんなで折ればいいんじゃないの」と、水を向ければ「そうだね!でも、お姉ちゃん(6年生)くらいに大きくなってからでもいいでしょう」と、トーンダウン。
思わず軍艦マーチを口ずさみたくなる大和ミュージアムから、戦争の愚かさと悲しみを忘れないまち広島への旅。小学生なら、ゴールデンウィークは行楽地に出かける方が楽しいのかもしれないが、孫たちの記憶に残る旅になったことは間違いない。・・・と、じじは思っている。
H20.4.22(火)〜24(木)
中国山東省済南市代表訪問団来新
待ちに待って、待ち焦がれた人達に、とうとう新潟でお会いできた。
まるで恋人を待つ心境で、4月22日19時25分、ソウルからの到着便を新潟空港で出迎えた。
想えば、平成16年に吉田六左エ門先生と一緒に、済南市に本社のある山東航空を訪問し、ひたすら新潟との航空路開設をお願いしてきた。その後、済南市政府や人民代表大会常任委員会と交流を持つことが出来、多くの古い友人を作ってきた。私が訪問することが多かったが、その度に新潟市への来新を要請してきた。こうした交流の積み重ねがあり、この度、新潟市役所から済南市への公式な招聘事業が実現した。
私は、今年3月にも済南市を訪問し、定期チャーター協議を行ってきたが、まだ積み残しの課題もあり、今回の済南市の来新にあたり、23日には、済南市・青島市友好交流委員会役員との協議を設定していた。
新潟空港に到着したご一行とともに、簡単な夕食会を行った。その席上、団長の閻継紅さんが「私たちは、新潟に着くまで25時間かかりました。直行便があれば、3時間でつくのですから早く実現したいですね」と、おっしゃった。私もこれには全く同感!
「どういうルートで来られたのですか」と聞くと、
「昨日、新幹線で青島市に行き一泊して、今朝、青島からソウルに飛んで、ソウルで5時間待って、新潟に着きました」・・・そういえば、済南市‐ソウル間は週2便しかなく、曜日が合わないと毎日ソウル便が飛んでいる青島まで行かなければならないのだ。なんともはや、ご苦労なことだし、これでは山東省の省都である済南市の面目はたたない。
23日は朝から、前述した友好交流委員会との協議が行われた。定期チャーターの第1便は、済南市側の強い希望で7月19日からの4泊5日に決まった。この日程だと、新潟市側はツアー客の募集を考えた時、ハードなスケジュールになるが、済南市側の大いなる意欲の前に、新潟市側の旅行社も、ビジネスの外に航空路開設という夢を共有する良い機会と心して、精一杯集客に取り組んで頑張ってくれることだろう。
協議後、篠田市長への表敬訪問に同行した。席上、閻継紅団長は「済南市政府は、新潟市との航空路開設を強く願っております。そのためには、今度の定期チャーター第1便が成功するよう全力を挙げて応援していきます」また、「ここまでこれたのも、古い友人の橋田先生の努力のお蔭です」とも付け加えられた。これには私もビックリ!!面目躍如。嬉しかった!
この夜の「友好交流会」は、大変盛り上がった。会場のあちこちで「乾杯!」、「乾杯!」の歓声が上がる。私が、済南市を訪問する際には、必ず市政府並びに人大からご招待していただき、ご歓待いただくのだが、この夜、約60名の出席者のもと賑やかに交流会が開催され、済南市の訪問団の方々にも我々の歓待と誠意、航空路開設にかける意気込みを感じてもらえたと思う。
交流会のあと、個人的に2次会を設営し、訪問団7人をご招待した。中国の方が来られると、ホテルオークラ新潟15階のスターライトにご案内する。中国の5つ星ホテルに泊まってもお目にかかることの出来ないデザートをご馳走するためだ。「チェリージブレ」、オレンジの皮をむき一本の紐のようにチェリーの盛り付けられた皿の上にたらす。皮にリキュールをかけ、火をつける。皮に沿って炎が皿の中のチェリーへとオレンジのエキスが注がれる。温かなチェリーとリキュールの中につめたいアイスクリームを入れて食すのが、なんとも言えずおいしい。また、照明を暗くして点火されるから、このショー的な演出に閻継紅さんも大喜び。今回の訪問団には女性が3人いらっしゃるので、絶対に喜んでいただけると確信していたが、大はしゃぎしている女性たちに大満足。
いやはや、財布の中身がだいぶ薄くなる出費にあいなったが、議員交流を続けるにはこれも必要経費だ・・・。
以下、今回訪問された方々の名簿を記載し、報告とする。
≪済南市訪問団名簿≫
済南市人民代表大会常務委員会民族僑務外事工作室主任 (女性) 閻 継 紅
済南市人民政府外事弁公室副主任
展 鋭
済南市旅遊局副局長 (女性)
接 素 梅
済南市対外貿易経済合作局口岸弁公室処長 孫 鴻 文
済南市対外貿易経済合作局招商処(通訳・女性) 金 春 蘭
山東航空股有限公司市場販売部副部長
王 志 剛
山東嘉華文化国際旅行社国際部経理 王 雲 来
H20.3.21(金)
2月定例会が閉会
2月20日に開会された2月定例会が閉会した。
49議案が提案された。1か月に及ぶ会期の中で審議され、全議案が可決成立した。
この定例会で注目されたのが、継続審議となっていた「自治基本条例」と、一般会計予算で「水と土の芸術祭」1億8千万円の予算の取り扱いだ。
「自治基本条例」は、定例会開会直後に可決されているし、以前にこのホームページでも報告しているので、ここでは省略する。
「水と土の芸術祭」は、平成21年の大観光交流年に向けた取組みとして開催し、本市のアイデンティティとしての「水と土の文化王国」の明確化を図り、集客の増加による交流人口の拡大を目指し、市長の肝入りで行う事業である。事業そのもののコンセプトはともかくとして、唐突感は否めず、しかも、事業費が膨大すぎる。準備に入る20年度予算だけでも1億8千万円、本開催の21年度の2ヵ年で6億8千万円、直接投入する市税だけで5億円。これだけの大事業を計画したわりには、議会に対する説明は充分ではなかった。
総務委員会で審議されたが、執行部の説明にも議員の理解は得られず、審議は難航した。市長の「当面、ご理解をいただくための調査と資料を整える為の調査費を認めてもらって、事業を行う予算はロックし使わない。議会にご理解を得た段階で予算を使わせていただく」との意向が伝わり、議会は近年稀に見る「附帯決議」をして、予算を成立させた。
市長は、議案の採決後の本会議場で、予算成立のお礼を申し述べた後、「今後はしっかりした事業の説明をしながら、議員の皆様のご理解を得る努力をします」と発言した。
かくして、一般会計3,307億円、特別会計1,860億円、事業会計1,293億円、総額6,460億円の予算が成立し、4月1日から執行される。
しかし、ここに大きな懸念がある。今、参議院で審議されている「租税特別措置法改正案」いわゆるガソリン税などの暫定税率の問題だ。これが年度内に成立しないと、地方自治体は大幅な歳入欠陥が生じる。民主党は、この法案を本日現在でも審議入りしていないので、年度内の成立は絶望的になっている。
私は1月24日のこのホームページにも書いているが、これは大きな混乱を国民と経済界に与えるだろう。
既に、地方自治体の中には、租税特別措置法が年度内に成立しないだろうとの見方から、歳入を減らした補正予算を編成して対応する自治体も出てきたと報じられている。
何でもかんでも政局にして、解散総選挙に持ち込もうという民主党に強い憤りを感じる。国民不在、あるべき国家観を示さないまま、永田町だけの論理に始終する民主党に失望した。地方がこれだけ苦労していることを、直視すべきだ。こんな政党に、国民の支持が集まるとはとても思えない。参議院で第1党になったからといって、何をしてもいいとでも思っているのか。
日銀総裁人事もそうだ。とうとう空席のままではないか。このままでは、4月以降に「民主党不況」が到来するのではないだろうか。そもそも、国会の同意人事は、憲法第59条に「衆議院可決、参議院否決となった法案は、衆議院の3分の2の賛成があれば再議決出来る」と定めている。首相指名、予算、条約がこれに当たる。しかるに国会同意人事である日銀総裁などが、壁が高いというのはおかしい。首相を決めるよりも、35機関もある審議会委員の方が難しいというのは、極めてバカバカしい話だ。
こんなことにも党利党略を駆使する政党がある以上、日本の未来に明日があるのか、情けない限りだ。
さて、本市も政令市移行2年目、もう結果を出さなければならない。政令市になったら、少しは地域経済が良くなると期待した経済界には「期待感に対する背信」となっている。昨年は、公共事業の削減、建築確認申請の厳格審査、加えて積算ミス等による発注の遅れなど、官側の不手際で経済の足を引っ張ってきた。市長は、予算編成の5本の柱の先頭に「雇用創出・拠点化推進に向けた総合的な取組み」を揚げた。雇用も拠点化も、要は本市における地域経済を活性化することだ。活性化して企業が元気を出せば、雇用も拠点化も後からついて来る。永田町が不毛な議論をしていようとも、政令市新潟には、時間がない。結果を出さなければならないリミットまで、もう時間は残されていない。
H20.3.12(水)
政令指定都市と地方分権改革推進委員会
昨年4月に、政府のもとで発足した地方分権改革推進委員会の審議が加速してきた。既に、昨年11月に「中間的なとりまとめ」も発表されている。そのとりまとめに対し、指定都市市長会も事前に「第1次提言」の中に、「分権型社会に相応しい大都市制度のあり方」として、新たな行財政制度の創設を主張してきた。
この中間とりまとめにおいては、「個別の行政分野、事務事業の抜本的見直し・検討」として、具体的な改革の方向性が示され、「税財政」についても、国と地方の税源配分について「5:5」を目指すことを念頭に置いて、検討することが明記された。
また、「大都市制度のあり方」において、「大都市の地域であっても国の法令による全国一律の義務付け・枠付けが必要なのか、大都市に関しても関与が必要なのか、大都市に対して更なる権限移譲ができるのか、という視点を常に保持することが必要」であり、「大都市制度のあり方について、それを支える税財源制度を含めて検討するべき」と明記されたことは、新たな大都市制度の創設に向けた議論の前進に繋がるものと大いに期待できる。
そもそも、指定都市は、基礎自治体としての役割に加え、都市圏の中枢都市として果たすべき役割も有しており、都市圏の発展がひいては我が国全体の発展を牽引する役割を果たしていくために、大都市特有の都市的課題を、自らが責任を持って解決できるように改善することが不可欠である。
しかし、現行の指定都市制度は50年以上も前に「暫定的な措置」として、創設されたものであり、特例的・部分的で一体性・総合性を欠いた事務配分となっている。役割分担に応じた税財源措置がなされていない。道府県との役割分担が曖昧になっており、非効率的・不経済などの「二重行政」の弊害が生じているなど、大都市自身が、大都市問題を十分に責任を持って解決することができない制度となっている。
このような状況下に置いて、国全体における指定都市の現況を記述する。
国土面積は、わずか2.8%でありながら、昼夜を問わず全国の約2割もの人口が集中するとともに、人の集散を伴う商業活動も全国の約3割を占めており、高い集積性を持っている。
高次性については、高度医療施設や高等教育機関が集中し、国際コンベンションが数多く開催されるなど、高い高次性を示す。
集中治療室等病床数は、全国平均で人口1万人当たり0.77に対し、指定都市は0.97。以下、同じ比較で、大学生数は全国平均223.78人に対し、321.83人。国際コンベンション開催数では、全国平均0.24に対し、0.69といずれも高い数値を示している。
中枢性を見てみよう。指定都市は、圏域における従業者数や商業活動の面でも大きな比重を示している。
3つの圏域の実情を示す。名古屋市が中京圏に占める割合は、人口で19.8%、従業員数で23.9%、商業年間商品販売数で56.1%。
次に、京都市、大阪市、堺市、神戸市の近畿圏に占める割合は、中京圏と同じ順序で、31.1%、40.5%、67.5%となっている。
北九州市、福岡市が、北九州圏に占める割合は、33.7%、38.1%、63.4%で、それぞれ高い集積性、高次性、中枢性を有している。
一方で、新たな都市的課題も生じている。都市的インフラの整備では、12時間平均的交通量で、全国平均5,337台に対し指定都市では15,507台。最低居住水準未満世帯率は、全国で4.17%に対し指定都市5.36%。安全・安心に関しては、人口100人当たりの犯罪認知件数で、全国で1.75件に対し2.35件。救急車出動件数では、全国で4.13回に対し4.79回。生活保護率、全国11.55%に対し19.43%。ホームレスの人口1万人当たり人数、全国1.45人に対し3.64人。保育所入所待機児童数は人口1万人当たり、全国平均1.83人に対し2.59人。このように、交通混雑や低い居住水準の問題、生活困窮者などにかかる問題など、過密や集中に起因する様々な都市的課題の解決に取組むという「大都市として果たすべき役割」が、存在してきている。
今回の中間とりまとめの中に、「個別の行政分野・事務事業の見直し・検討」として、重点事項7分野、主な事項10分野が織り込まれた。7分野とは、土地利用、河川海岸、道路、生活保護、国民健康保険、子育て支援、義務教育である。
これに対し、指定都市市長会は「第2次提言」をすかさずとりまとめ、「権限の移譲、税源の移譲、制度改正による全額国庫負担を求める等」、地方分権や改革を強く求めている。今後、これらの分野ごとの議論も進み、改革案が示されるものと期待される。
地方分権改革推進委員会は、今後のスケジュールも公表している。平成20年春に第1次勧告、秋に第2次勧告、21年春に第3次勧告を政府に行い、これを受けて政府は、21年夏に、地方分権改革推進計画を策定して、同年冬には「新地方分権一括法案」を国会に提出する、となっている。
これらの問題の新潟市議会での受皿となるのは、私が委員長を務める「大都市行財政制度調査特別委員会」だ。
堂々、国に対して「モノ申す」ためにも、しっかりと調査・研究に精進しなければならない。
H20.2.28(木)
2月定例会の審議続会
2月20日に開会された2月定例会の審議が活発に行われている。
政令市になって間もなく2年目を迎える。議会も変わった。各定例会とも、従来に増して議論が活発になった。
今定例会も、開会後3日間は現年度分の審議で、補正予算を中心に11議案。
継続審査の「自治基本条例」の賛否が注目されたが、賛成多数で成立した。この背景には、執行部側が当初提案していた条例案を大幅に訂正したことにある。議論が分かれていたポイントは、第2条「市民の定義」と、第19条「住民投票請求」に関する部分やいくつかの条項で、議会は反対を強めていた。
まず、第2条の「市民の定義」では、市内に住所を有する者と、市内に通勤する者並びに団体を並列であった原案に対して、(ア)市内に住所を有するもの、(イ)市内に通勤するもの並びに団体と、明らかに区別したことによって税金を納めている市民と一線を画した。
もちろん、団体の中には横田めぐみさんを拉致した北朝鮮に繋がる朝鮮総連が意識されていることは、言うまでもない。
第19条原案では、こういった人達にも「住民投票の請求権」を認めていたこの第19条が、削除された。市民と同等の権利を与える請求権がなくなることで、「市民の定義」についてもさほど重要ではなくなったと言える。
こういった執行部の大幅な訂正により、「自治基本条例」の成立をみた。
ここに至るまで、市民クラブは熱心に議論してきた。クラブ内にプロジェクトチームを作り、問題点を整理してきちんとまとめ、委員会で議論して追及してきた。今回の大幅な訂正は、こういった議論の上にたった市長の賢明な判断と認識している。
私も議員になって21年。とかく議会は執行部の追認機関と揶揄されてきたことからすれば、ここまで堂々と議論した経験はさほどない。政令市の議会として当たり前だと思われるかもしれないが、確実に進化してきたことを強調しておきたい。
25日から新年度予算の審議が始まっている。
市長は予算の提案理由の説明で「新年度予算について力点を置く施策を『雇用創出・拠点化推進に向けた総合的な取組み』、『大観光交流年に向けての飛躍』、『81万人市民と共に地球環境元年』、『がんばる農家に対する積極的な支援』、『安心安全な暮らしに向けて』という5本の柱で編成することと致しました。安心安全な暮らしの一層の充実の上で、緊急に対応すべき農業問題、環境問題に迅速かつ的確に対処すると共に、大観光交流年を活かして、来訪者数の増加を図り、更に雇用の創出、企業の誘致を促進し、相乗効果を生み出しながら、政令市としての内実を高め、更なる飛躍を目指してまいります。」と、新年度の市政運営を謳った。
予算の概要は、一般会計で3,307億円、対前年比で0.1%増。特別会計で1,859億8,000万円、下水道事業会計792億円、水道事業会計315億円、病院事業会計187億円で、総額6,460億4,000万円となっている。
この中で、普通建設事業費を対前年比3.9%増の647億円確保したことは、決して潤沢でない、限りある財源の中で一定の評価はできる。
更に、人件費では、職員数を154万人減らして、賃金値上げ分を吸収することによって充当額を0.4%削減した。物件費では、厳しい査定のもと2.9%減らしたことも評価できる。
これら予算関連を含め提案された議案は49議案と、諮問が1件となっている。
今、本市を取り巻く経済状況は誠に厳しく、氷河時代が続いている。加えて、米価下落による農業経営の危機。市長の掲げる5本の柱は理解できても、これら厳しい環境に置かれている市民にしてみれば、「将来のことより明日の米櫃を何とかしてくれ」と言いたいだろう。
環境にしてもそうだ。「今頃何が環境元年だ。これから検討協議会を立ち上げるとは、10年遅れている。」とは、東京のNGO加藤代表のコメントだ。市民一人当たりのCO2排出量は、製造部門を除いて5.3%。これは政令市でワースト1、県庁所在市で下から3番目。日本一の農業都市と言っても、地球温暖化対策には何ら貢献をしてこなかったのだ。
今年6月から、ゴミの有料化がスタートする。同時に10種13分別で収集もキメ細かくなる。環境対策面からも期待できる。
長い時間をかけての検討会議より、このように即、実行との強い気構えが肝要なのだ。課題山積、ひとつひとつ着実に解決していくことは当然だが、ことここに至ると蛮勇を奮ってスピード感を持った政治の力が必要だ。
市長の頑張りに期待し、私も尽力したい。
H20.2.1(金)
(仮称)赤道スマートインター設置 要望活動の実施
1月28日(月)に、篠田市長を皮切りに国土交通省北陸整備局吉野局長、県の金子土木部長、東日本高速道路株註ホ新潟市社長へと、吉田六左エ門先生を先頭に精力的に(仮称)赤道スマートインター設置要望活動を行った。
市長も設置に積極的な姿勢を示してくれた。
また、吉野局長は新任間もないこともあり、吉田六左エ門先生から「局長、新任第1号の陳情でしょう。記念すべき陳情なんでどうしても早急にやってもらわんばだめられー」と機先を制せられ、「いやぁ、全くその通りで第1号です」と応じながら、吉田六左エ門先生の言葉に「頑張ります!」と明言。
東区と江南区は、この高速道路によって線引きされているが、昨年5月21日に中央卸売市場が開場した途端、赤道(新潟港横越線)の交通量は激増した。市場に出入りする車は、一日約3,500台、往復7,000台。そのうち65%の車輌が赤道を通行する。この影響で、新潟バイパスの竹尾インターは飽和状態。早朝から大渋滞だ。赤道竹尾地内、ハクシン商会前の交差点で市場方向へ向う交通量は、一日約20,000台。逆に市場から竹尾インターに向う交通量は約15,000台。これでは渋滞になるのは当然だ。
卸売センターから赤道へ出る車が信号待ちと渋滞で出られず、200mもの車列ができる。これには卸センターの企業にしてみれば、朝の配達業務に多大な影響が出る。現にこの深刻な実態を受け、卸センターでは検討部会を設けて「周辺道路の改良、新設」を市に要望することを検討していた。昨春の私の選挙時、当時の理事長にお会いした折にこの渋滞対策検討をお聞きし、「市場が出来るともっとひどくなります。小手先の対策だけではなく、抜本的な対策も考えなければだめですよ」と申し上げ、このスマートインター設置を提案して、一緒に要望していくことを確認した経緯がある。
石山地区や大江山地区の赤道を通勤で使う人たちにとっても、影響は深刻だ。私の娘は県庁の近く新光町にマイカーで通勤しているので「お父さん、何とかしてよ」と言われる始末。市場が開場してから10分早く家を出るようにしている。朝の10分は貴重だ。ましてやガソリンの高騰時代、消費量も増える。渋滞による経済損失も大きいし、CO2の排出量も増えるとなれば、環境にも影響を及ぼす。
そもそも、市場が開場すればこうなることは市役所には十分に分かっていたことだ。分かっていて対策を講じなかった行政の不作為が、今の状況を生み出している。
私が総合卸売センター建設等調査特別委員長を務めていた時、この交通問題を議論した。その時の交通量予測で、市場周辺の道路事情が悪化することから、抜本的な道路整備を求めてきた。それを実行していないところに問題がある。
さて、スマートインター設置についてであるが、本市には日本海東北自動車道、関越自動車道、更に磐越自動車道の3本の高速道路がある。この高速道路と本市の東西を貫く(仮称)新潟中央環状道路の建設計画がある。既に北区において一部供用されているが、延長約45kmの計画だ。これは江南区、西区において、高速道路の南側に位置するためにスマートインターを随所に設置していけば、東京の環状道路のように高速道路と新潟中央環状道路が環状線として機能し、一体的な道路ネットワークできると思っている。
その一つの出入り口が赤道スマートインターと思っていただければ良い。こういった構想があっただけに、私が議長の時に当時の土木部長が「議長、スマートインターの設置を国に働きかけるために『道路を考える会』を作りたいので、顧問に就任してください」と言ってきた。「スマートインターを作っていくのは賛成だが、どんな配置計画なんだね」と聞けば、「「一番最初は黒埼で、次は豊栄です」と図面を広げて説明を始めたが、よく見れば赤道には計画がないではないか。「市場が出来ることがわかっていて赤道に計画がないとはどういうことだ。そんな計画の顧問にはならない」と断った。そうしたら、計画に入れるので顧問になってくださいと言うので、就任したことがあった。それも今は黒埼、豊栄も完成して供用されているし、合併建設計画にある新津の社会実験が新年度から始まる。その次が赤道だ。そうなるように頑張る。
行政の不作為を、赤道スマートインター設置によって挽回してもらいたい。
篠田市長の道路行政にかける熱意に期待したい。
おっと、その前に、道路特定財源を維持してもらわなければならない。ガソリン税の暫定税率延長など、国会で年度内可決がなければダメだ。
自民党、頑張れ!!
H20.1.24(木)
租税特別措置法改正案で国会が緊迫
18日に始まった、今通常国会の最大の争点は租税特別措置法改正案だ。
政府は昨日ガソリン税(揮発油税、地方道路税)の暫定税率の10年延長などを盛った租税特別措置法改正案を国会に提出した。当面の焦点は、1月中に衆議院通過ができるのかだ。参議院の「みなし否決」となる60日を確保し、年度内の3月中に改正案を成立させるためには、1月中の衆議院通過が条件になるのだが、どうも難しい情勢になっている。
それにしても、最近の民主党はおかしい。何でも政局にして政府を追い込み、解散総選挙を目指す姿勢は、国民不在の党利党略以外のなにものでもない。
我々新潟市議会でも、道路特定財源の確保を求める意見書を賛成多数で採択し、国に送っている。これには民主党の議員も賛成している。まさしく民主党本部と地方組織との乖離は、新潟市議会でも露呈している。
昨日、憲政記念館で、全国の都道府県議らが開催した「道路特定財源堅持を求める総決起大会」があった。ここに民主党の大江康弘参議院議員、本県の渡辺秀央参議院議員ら3人と19人の民主党県議が出席していた。自民党県議から大喝采を受けたのは言うまでもないが、大江議員は、マスコミのインタビューに民主党案に反対する理由を「大衆迎合で、無責任だ。暫定税率を廃止すれば、地方自治体は歳入欠陥となり大きな混乱に陥る。4月以降、すべての公共事業が止まり、地方経済が停滞するだろう。財源手当策も数字だけの辻褄合わせだ。早晩行き詰まり、増税しないと立ち行かなくなる。」と答えている。まったくその通りだ。参議院民主党にも良識のある議員がいるなと思いつつ、こういった議員が17人野党から賛成にまわれば、改正案は成立する。すでに国民新党は政府案に賛成なので、民主党から13人が集まればよい。
大江氏は「政府案を可決することは難しいとは思っていない。」と、言及している。
本県選出の民主党議員も是非良識を発揮していただきたい。なぜなら、彼らは本市の施設の竣工式に来賓としてスピーチする際、必ず「政令市発展に、私も微力ながら頑張ります」と言っているのだから。この法案に反対し、政府案が成立しないと本市の道路関係事業に多大な影響が出る。19年度の一般会計関連で60億円の減収。これには除雪費や道路橋梁の維持管理費が含まれている。橋に穴があいても補修する金が無くては交通止めの状態だって最悪考えられる。かつてのアメリカがそうだった。補修費が確保できず高速道路が通行止めになって封鎖されていた。
また、地方道路臨時交付金関連で約90億円の減収。この事業の影響は、20年の悲願の上に着工した新潟駅連続立体交差事業や、松浜橋上流橋など、本市の社会基盤整備の中枢をなす事業が、軒並みストップする。民主党議員は、本市の発展に微力ながら頑張ると言うなら、政府案に賛成すべきだ。
国民生活にも多大な影響が出る。今回のいわゆる「日切り法案」の中には関税関連法案がある。この法案は、国民生活に直接影響する。日本は国内の畜産農家などを保護するために、輸入農産物に世界貿易機関(WTO)が認める上限の50%を課税してきた。しかし、平成6年のウルグアイ・ランド交渉により、税率を段階的に引き下げてきた。この軽減税率が失効すれば一気に本則の50%に戻ってしまう。この関税関連法案が3月末までに成立しなければ、牛肉やチーズ、麦芽、トマトケチャップ、タバコなど輸入品約420品目の大半の税率が跳ね上がる。税率が上がれば輸入品の価格も上がる。例えば、牛肉では100グラム当たり原価200円なら、単純計算で24円アップする。同じことがビールにも言える。ビール原料の麦芽は、今は非課税だが、軽減税率が失効すれば1キロ当たり21円の課税となる。この「日切れ法案」には、日本酒や焼酎など輸入品目でないものにまで影響がでる。酒税を原則30%とする優遇税制継続が盛り込まれているため撤廃されることになる。
こと左様に、暫定税率が廃止されれば、多くの品目の値上がりを招き、国民生活に多大な影響が出る。ガソリンが1リットル25円下がることだけを言って「ガソリン値下げ隊」などと騒いでいる政党に、政権担当能力があるとは思えない。
国家国民の立場に立った政策を遂行するならば、ガソリン値下げだけを強調し、他の品目を犠牲にする政治は断じて許すことはできない。お年寄り家庭では、車を持たない家庭が多い。こいった家庭には、食料品や日用品の値上がりだけが残るのだ。
政府与党は、法案の成立を是非とも実現して欲しい。
H20.1.8(火)
新年にあたって
新年 明けましておめでとうございます。
皆様には、つつがなく越年のことと心よりお慶び申し上げます。
今年の年明けは、原油高騰や株安、円高と経済状況において極めて不透明で、波乱の幕開けとなった。
また、国内政治においては、昨年からの臨時国会が引き続いて開会されており、テロ特措法成立の行方、18日からの通常国会での予算審議など、重要案件が山積している。何でも政局にしてしまおうという民主党の姿勢は、国民の目線から懸離れた永田町の論理の横行であり、腹立たしい思いでいっぱいだ。
私の本年初仕事は、元旦に行われる恒例の年賀状配達式から始まった。大晦日に降った雪もたいしたことなく、革靴でも平気な穏やかな天候のもとで清々しい気分で初仕事を迎えた。
年賀状と言えば、今年もたくさんの賀状を頂戴したが、中国の青島市からも、人大の徐長聚主任や夏耕市長など友人の皆様からも頂いた。その中に、吉田六左エ門先生宛の賀状もあり、「おやっ!?」と思って見た。住所は私で、宛名が吉田先生になっており、家内に聞けば、配達に来たアルバイトの若者が「住所はここなのですが、宛名が違うんです。どうしたらいいでしょう?」と聞かれたので、「私の方で届けますので、こちらでいいですよ」と受け取ったのだと言う。昔なら、即、青島市に返送されたと思うが、郵便局も民営化され随分変わったものだと感心した。アルバイトの若者は「助かりました、ありがとうございます」と何度も礼を言って帰ったと言う。親切に受け取った家内も上出来なら、礼を言って感謝するアルバイトの若者も大した物だ。これが、青島市に返送されたら、長年培ってきた友好交流にも傷がつくところだった。
青島市と言えば、長年の念願であった航空路開設が実現に向けて大きく踏み出す年になるだろう。
今、山東省の省都である済南市の関係者を新潟市に招聘する話を進めている。もう少し早く市役所が動き出していたら、今頃は代表団の新潟市訪問が実現できたのにと残念に思っているが、今もって日程も決まっていない状況では「お役所仕事」と揶揄されても仕方ない。昨年の10月に済南市を訪問した折に「来年3月28日を目標に、航空路開設に向けた準備を進めています」との発言。国際間の話し合いというのは間髪入れずに進めるのが鉄則だ。鉄は熱いうちに打て!と言うではないか。私自身、市役所に強く催促しなかったことを本当に悔やんでいる。
ここで、気になることがある。それは済南市との航空路開設が青島市よりも先行しており、青島市が置いていかれる可能性がある。即ち、新潟-済南が直行便となる懸念である。私としては新潟-青島-済南とお願いしてきたことから、いずれ近いうちに両市を訪問して、直接話を聞かなければと思っている。
昨年末29日に、福田総理が初めて中国を訪問した。その折に、済南市に1泊して孔子の故郷・曲阜を訪れた。私もチャーター機を飛ばした折に「曲阜-泰山コース」を設定してきた。それだけにツアーに参加した方々に会うたびに「福田総理が曲阜に行ったのですね」と声をかけられる。「いい所だったから、もう一度行きたいわ」と言われると、私も嬉しくなってくる。大勢の皆様から協力いただいた航空路開設は、何とか実現させたい。それが地域経済の活性化に少しでもお役に立てばと思えば尚更だ。
今年の地域経済も厳しい年明けだ。特に建設産業は、低額落札や市役所の積算ミスによる発注の遅れ、加えて建築確認申請の厳格審査での着工戸数の減少と、昨年からのトリプル苦を未だ脱却できないでいる。政令都市になれば少しは良くなると期待していた人たちを裏切る結果となっている。
間もなく政令市移行後1年となる。今年こそは期待に応えられる年にしなければならない重要な年だ。
私も合併の時に、多くの市町村会議員から「政令市になって、良いまちにしてくれ。そのために合併に賛成する。賛成することによって自分の身分は議員でなくなる。それでもいい!まちが良くなれば」と言っていたあの人この人の顔が浮かんでくる。失敗は許されない。そして、早く結果を出さなければならない。平成20年をそんな年にしたい。
新年にあたって、決意の一端を申し述べ、今年もどうぞよろしくお願い致します。
H19.12.17(水)
師走雑感
今年もあと僅か、選挙のあった年は1年が速い。一瀉千里の如く過ぎ去って行く。
想えば1年前の12月は、後援会事務所も開設し、選挙に備えて事務所スタッフも緊張して頑張っていた。それもそのはず、政令市初の区制選挙、勝手が分からず遮二無二地元の皆様にただただお願いするだけの戦略。それが功を奏して、まずはめでたく当選させていただいた。
今年は本当に多くの方々にお世話になった。まさしく報恩多謝の一年だった。
選挙によって、議会も変わった。いわゆる保守系が過半数を占め、国政における自公の枠組みから言えば、安定多数だ。我々の発言も重みを増すだろうし、またその責任の重さも認識しなければならない立場になった。
行政においても区役所に大きな権限を持たせて、4月1日から区制による執行がスタートした。慣れないせいか、必ずしも円滑なスタートとは言えなかった。特に公共事業の発注にミスが目立った。公共事業は税金で行われるだけに慎であるべきだ。それが発注する際に、基本となる積算に計算ミスがあったり、リースで積算すべきところを購入金額で積算したために、予定額が増えて失格する業者が続出した。業者から指摘されて気づくようではお粗末極まりない。指摘がなければ、単純なミスによる税金のムダ使いになったところだ。さて今現在はどうだろう、度重なるミスを是正するためにチェックを念入りに行っているために、工事発注が大幅に遅れている。かつて、年末から年度末にかけての風物詩のようだった道路の掘り起こし工事の光景が復活するのか…、道路の渋滞も覚悟しなければならないのか…、憂鬱になる。
憂鬱と言えば、国が進めている「裁判員制度」だ。
04年に公布された裁判員法とは、選挙人名簿から無作為に抽出された6人の裁判員を、刑事裁判に参加させ、裁判官と一緒に審議して無罪有罪の判断や量刑を決める制度だ。
あるマスコミの世論調査によれば、国民の75%が「参加したくない」と答えている。参加したくない人でも「やむを得ない理由」が認められれば辞退できるが、一方的に理由なく出頭しなければ10万円以下の過料である。出頭して裁判長の口頭試問にウソをついたら50万円以下の罰金も科される。ある有識者が裁判員制度を称して「第2の徴兵制度だ」と言っていたが、あながちオーバーな話ではない。
更に、裁判員を終えた後も、法定で知り得た事は、生涯口にしてはいけない制度になっている。かつて現職の裁判官が「俺は無罪の意見を述べたけど通らなかった」とマスコミに話したことさえあった。それを一般の国民にまで知り得たことを墓場まで持って行けとは、厳しすぎるのではないだろうか。これに違反すると、懲役6ヶ月以下、若しくは50万円以下の罰金だ。
そもそも何でこんな法律ができたのか。かつて経済界には民事裁判に時間が掛り過ぎて、ビジネスペースに合わないとの不満があった。それを法務省は刑事裁判にまで拡大して、国民を参加させることを大きなテーマの一つとして、「国民の司法参加」ありきで議論を集約していった。官僚のずるさを感じる。「ただただ自分が抽出されないことを祈るだけです」とは、友人の声。最も私は議員であるがゆえに、抽出対象になっていないので、あまり文句がましく言うのはどうかと思うが、師走ゆえに一年のアカおとし、ご容赦いただきたい。
もう一つの憂鬱は、08年4月、医療制度改革の一環として「特定検診・保険制度」が始まる。企業の健康保険組合などに、40~74歳の人を対象に糖尿病など生活習慣病の予防に向けた検診、保健指導をすることが義務付けられている。いわゆるメタボリックシンドロームの患者を12年度までに10%減少させて、医療費を抑制させる計画だ。
そのために、従来の社内検診に加えて、腹囲測定が必要になり、85cm以上の男性、90cm以上の女性は、高脂血症などの条件が当てはまれば「メタボ患者予備軍」と認定されて、生活指導を受けなければならない。しかも、6ヶ月以内に達成されない場合は、メタボは自己責任として最大10%もの医療費アップも検討されている。厚労省は、受診率を挙げる目標実現を掲げ、メタボ予備軍を大幅に減らした企業には、高齢者医療費の負担金を値引く一方、受診率が低く成績の悪い企業には、罰金の意味合いで追加負担金を求める。ある企業の社長と酒席での話で「今度社員を採用するときは、ウエストを聞いて、太っている人は採用できませんて」と言っていたが、これではメタボ予備軍は、人事面で不利に扱われかねない。「国家が個人に健康管理を強要するもの」、「メタボ狩り」と、有識者がテレビで言っていたが、その人も随分恰幅が良かった。
医療費の削減は、国家の喫緊の課題であることは認識していても、少し場当たり的な施策ではないのか。世界一長寿国、国民皆保健など、日本の医療は高い評価を受けてきた、にもかかわらず、ここまでやるのかとの思いは募る。腹囲85cmの基準でいくと私も該当する。2年前に90cmあったのだ。それが選挙と畑での農作業で88cmに締まった。たった2cmの減少では自慢できないが、要は身体を動かすことだ。それに酒を飲みすぎないこと。分かっていても出来ないのが議員という職業だ。特に定例会の議会開催中はなおさらだ。本会議や委員会では、朝から椅子に座りっぱなし、動かすのは口と手だけ。途端に体重が増える。
その12月定例会も明日(18日)で終る。さあ、メタボ解消と張り切ってみても、連日の忘年会だ。これを憂鬱と思うか、商売繁盛と思うか。やっぱり商売繁盛と思い、嬉しく思うからウエストは減らない。
その前に、明日の最終日を無事終らせなければ。政令市に移行して、6月と9月に2回の定例会が開催され、いずれも揉め事が起きて夜中まで掛った日があった。全く恥ずかしい。最近の議会は中味の濃い議論をしてきているだけに、市民から見た失態は厳に慎むべきだ。
今年もホームページをお読みいただいてありがとうございました。
時節柄 ご自愛専一に益々のご発展ご健勝を祈念申し上げ、つつがなく越年されることを願っております。
H19.11.19(月)
自由民主党新潟市議会議員連盟の活動本格化
全国組織である自由民主党政令指定都市議員連盟に加盟するために発足した「自由民主党新潟市議会議員連盟」の活動が本格化した。
まず、9月5日に国交省北陸地方整備局の須野原局長をお招きしての勉強会に続いて、10月18日の団体・業界との意見交換会を開催した。当初、10〜15団体の出席を想定していたが、予想に反して35団体の方々から出席していただけた。
これは、政令市移行にあたり、県から1,157項目の権限移譲があり、各団体とも「市役所に行けば用事が足りることは承知していても、どうやって我々の要望を聞いてもらえるのか・・・」と、戸惑っておられたところに意見交換会の案内があったものだから、「これは良い機会だ」とばかり、申込みが殺到したようだ。それだけにタイムリーな事業だったと思う。
実施してみて、議員連盟の一同が「これほど業界が疲弊していたのか」と痛感させられた。最たるものが、建設業界並びに建設関連業界だ。低額入札、加えて市役所の積算ミスによる入札延期と発注の遅滞、更には建築確認申請の認可の遅れによる工事着工の遅れ。どれをとっても業界には大打撃だ。
訴える声は、悲痛な叫びそのものだ。
建設業界は、川に例えれば上流に位置する。そこから真水を下流に流してもらわなければならない。なぜなら、下流には建設業界の何倍もの建設関連業界が生きているからだ。それが、上流から泥水が流れてくるようでは、両業界とも壊滅してしまう。政令市新潟の地域経済も成り立たない話だ。この解決には、議員連盟としても全力を尽くさなければならない。
10月22日、23日の両日に亘っては、我々議連で国家陳情に赴いた。
今回は、各省庁に加えて、JR東日本とNHKにも行って来た。陳情項目と面談者は、以下の通りだ。
○特定重要港湾新潟港の整備促進について
○新潟空港3,000m級滑走路の整備について
【国土交通省】 …港湾局長 中尾成邦、大臣官房技術参事官 林田 博
航空局長 鈴木久泰、
○仮称新潟中央環状道路の整備促進について
【国土交通省】 …道路局長 宮田年耕、地方道環境課長 徳山日出男
○農業政策の抜本的改革について
【農林水産省】 …農林副大臣 岩永浩美
○上越新幹線にE954ファステック導入について
【JR東日本】 …常務取締役 小暮和之、車輌部長 石司次男、
投資計画部担当部長 日野正夫
○全国の天気予報にあたり、新潟県の予報を海岸地域と山間地域の2地点予報表示について
【気象庁、NHK】…(気象庁)予報部長 櫻井邦雄、予報課長 牧原康隆、
業務課 村中 明
(NHK)総合企画室総括担当部長 高井俊和、
副部長 平元 亨
○北朝鮮による拉致問題の早期解決について
【内閣府】…内閣官房副長官 大野松茂、首相補佐官 中山恭子
この7項目の要望活動を行ってきた。
このうち気象庁とNHKに要望した天気予報の2地点表示については、双方の言い訳合戦みたいなもので全く話しにならない。すなわち、気象庁は「放送各社にデータを送るだけで、それをどう使うかは放送各社の判断だ」と言うし、NHKは「気象事業法で気象庁から新潟市の予報はこうだと言われれば勝手に編集できない」と言う。全国予報の場合、新潟の予報は上・中・下越と県土を横断して予報を出しており、本市の場合は下越地方全体の予報が全国の予報表示となる。従って、下越地方でも山間部の雪の予報が面的にも多くなるので、雪のあまり降らない新潟市に雪だるまが毎日表示されることになる。「これでは、新潟市にとって気象庁による風評被害に値するのではないか」と言って来た。
例えば、福島県のように浜通り(太平洋に面している地方)・中通り・山通り(山間部)と県土を縦割りに切って表示してもらえれば、気象条件がほぼ同一の地点が表示されることになる。地球温暖化の影響で、特に旧新潟市の場合は昨年、今年と積雪はわずかだ。ゼロに等しい。にも関わらず1月、2月に雪だるまが続くことは、観光や企業誘致に多大な影響がある。今後も、根気強く気象庁に是正を働きかけなければならない。
11月12日には、議員連盟発足祝賀会を開催した。500名を超える皆様からご出席をいただいた。
主催者として私から「政令市移行により、議員も活動の舞台が広くなりました。我々は、政策の実現力を高めるためにこの議員連盟を発足しました。先の国家陳情でJR東日本にもお願いに行ってきました。来る2014年問題に対応して、新潟-東京間を1時間ちょっとで結ぶ時速320キロ運転のE954ファステックを上越新幹線に走らせてもらいたいとの願いですが、こんな大きな課題でも堂々と陳情に行けるのは、政令市選出の国会議員で組織する『自由民主党政令都市議員連絡協議会』があるからなんです。これには吉田六左エ門先生をはじめ、約100名からの衆参国会議員が加盟しています。我々はこういった大きな組織と連携して、政策を実現できるように一生懸命頑張ります」と、あいさつした。
・・・ただ、17政令市の自民党の組織である「自由民主党政令指定都市議員連盟」の入会金が200万円とは驚いた。今回の祝賀会でそのくらいの益金が出ることを祈るばかりだ。
H19.10.9(火)
第3回双方向チャーターが挙行され、定期航空路開設が大きく前進する
航空路開設を目指して毎年実施してきたチャーター機を運行してから、4年目。双方向チャーターを運行してから3年目となる事業が、10月3日から7日の4泊5日で挙行された。
相変わらず、青島市民の新潟への旅は上々の人気だ。たった1回の新聞広告で飛行機が満席になる。それも1週間でだ。キャンセル待ちが30人にもなったとのこと。それに比べて我が方は人集めに苦労している。吉田六左エ門事務所、塚田一郎事務所と私の事務所が、毎年旅行社のように集客に頑張っているが、それでも2ヶ月もかかっている。時期的なこと(中国では10/1〜7まで国慶節・ゴールデンウィーク)もあるが、全く青島市がうらやましい。
それに比べて、航空路開設は大きく前進した。
私が泰山コースに参加するので、4日は済南市に滞在することを、済南市政府、山東航空が承知していたために「会談並びに昼食会を行いたい」との申入れを受けていた。
会談には、済南市人民代表大会常務委員会副主任 李徳強氏を筆頭に、人大の民僑外工作室、市政府の経済貿易局、外事弁公室、旅游局、空港管理局、それに山東航空市場部の幹部など、10人のそうそうたるメンバーと会談できた。
歓迎のあいさつで、李徳強副主任の「新潟との航空路開設に、済南市は真剣に取組んでいます。時期的には、来年3月28日の航空ダイヤ改正に向け、それに合わせて定期チャーター実施の作業に取り組み中です。」との発言にはいささかびっくりした。先に山東航空の蘇中民氏が「年内にも飛ばしたい。」と発言してきたことからすれば、やや後退した感もあるが、しかし、実に現実的だ。しかも、市政府並びに人大のそうそうたる方々が、期日を含めてはっきり言明されるということは、航空路開設が大きく前進したと判断して良いだろう。
ただ、実現までの課題も出た。それは、定期チャーターを運行するため「誰が航空機をチャーターして運行するのか」という運行形態のことだ。2通りの案が提示された。ひとつは、旅行社がチャーターして行う方法。この場合、赤字が出れば済南市政府が負担して運行される。黒字の場合は、旅行社の利益とする。もう一つは、山東航空が直接運行する方法である。これにも済南市政府が運行費用の3分の1を1年間負担する方法である。これのどちらでやるかを検討していると、済南市政府口岸管理弁公室 解西亭主任が私に解説してくれた。
いずれにしても、済南市政府の多大な負担が伴う路線開設だが、そこまでしても開設したいとの意気込みは本物だ。それだけに、経済交流が青島市に差がついている現状から、済南市の発展を期す心意気が痛いほど伝わってきた。
済南市は「泉のまち」と聞いていた。どこか本市の水の都と似ている。「ふうけつ泉」という有名な泉を見てきた。よくもまあ、まちの真ん中にこれだけきれいな泉が湧いてくるものだとほとほと感心した。聞けば、車で1時間半ほどのところにあるかの有名な「秦の始皇帝 泰山に登る」の泰山山脈の伏流水だという。このような泉が市内のいたるところにある。この「ふうけつ泉」は、全体が公園になっていた。柳の木がいっぱいあったので、何かしら新潟の風情を思い出す。何と、済南市の市の木は「柳」だそうだ。新潟との共通点がこんなところにもあり、嬉しくなってくる。
6日に青島市人大との会談で徐長聚主任に、済南市での会談内容を報告した。徐長聚主任からは、「長年の目的が実現に向けて前進したことを嬉しく思います。青島市政府、人大も良く検討し、また済南市の取組みについても良く調査して、吉田先生、橋田先生が頑張ってこられたことに、私どももしっかりと協力して実現できるように頑張ります。」と言っていただいた。
私が「済南市が、3分の1の補助金を1年間出す」という話をすれば、済南市がそこまでやるのであれば青島市だって負けてはいられない、と思うほど都市間競争が強いのだ。
済南市での昼食の席上「新潟市には毎年、市政府や人大、それにマスコミや旅行社などの皆さんを新潟市に招待する事業があります。今年は済南市を中心に招待したいと思いますが、その場合、窓口はどなたでしょうか。」と聞いた。
「招待は何人か?」と言うので「5人です。」と答えたら、ざわざわと協議し始めた。すると、李徳強副主任が「5人以上で行ってもいいですか?ただし5人までは招待していただいて、それ以上の人数は自費で行きます。」と言う。私にしてみれば、オーバーした人数は補正予算を組んででも、招待でお迎えしたいと思うが、残念ながら私には予算を使う権限はない。「皆さんの提案は良く分かりました。帰ったらよく相談して、出来るだけ大勢の方からお越しいただくようにします。」と答えてきた。予算項目が違っても航空路開設に繋がれば、10人や15人招待するくらい安いと思うし、ひいては地域経済の活性化にも寄与できるというものだ。
航空路開設に対する新潟県の補助制度も説明してきた。
これは、山東航空が新潟に来られた時に説明した繰り返しであるが、更に本市の側面援助について強調したことは「折角、航空路を開設しても搭乗率が上がらなければ、長続きしません。搭乗率をあげるためのPRを、市はやっていきます。また、新潟県内に留まらず、隣県にも『北京へのアクセスとして最高に便利な路線です!』とPRしていくことで、広い範囲でのビジネス客の集客が日本企業の誘致に繋がり、経済交流も活発になります。新潟市、済南市は、この路線の開設によって、そのことを目指すべきです。」と訴えてきた。
これからの展開が楽しみだし、もっと密接に連携していかなければならないと決意した会談だった。
H19.9.15(土)
山東航空 蘇中民副總経理ご一行 新潟市訪問の詳報
昨日、10時9分の新幹線で、蘇中民副總経理ご一行が、新潟市の視察と航空路開設のための空港関係者との実務者協議などの全日程を終えて、東京に向われた。
ホームでの別れは感動的だった。
初めて新潟に来られ、しかも私と蘇中民氏だけは、昨年8月に会っているが、他の方は新潟で会った人すべてが初対面の方ばかり。それが3日間の滞在中、会う人会う人に温かく迎え入れられ、素晴らしいおもてなしを供され、感激の新潟訪問だったようだ。
「橋田さんのお蔭で、素晴らしい体験をさせていただきました。」
「日本に初めてきましたが、こんな美しいまちがあるとは思いませんでした。」
これは、訪問団の趙晨さん、王柳影さん2人の女性が言った感想だ。
蘇中民氏は、「山東航空では、大阪(関西空港)か新潟に就航することを前提に議論してきましたが、私は命懸けで新潟とやります。」と、私と握手した手をギュッと握り締めながら決意を語った。
今回の航空路開設でポイントとなる済南市口岸管理弁公室主任(航空路開設と空港関係行政部門の責任者)解西亭氏は、「橋田さんが済南市に来られる日程を早目に知らせてください。市政府が山東省を全部ご案内します。」とまで言われた。
「私は、10月3日に双方向チャーターで、済南市に行きますが、訪問団の団長で行くので団から離れるわけにはいかないのです。」と答えると、「プライベートで来られる予定はないのですか?」と熱心に聞いて来る。私が「定期チャーターの第1便が飛ぶ時には、必ず行きます。」と答えると、「じゃあ、私も定期チャーターが早く飛ぶように頑張ります!」と、笑顔から一転、真顔で言われた。
定期チャーターに言及した。これは、蘇中民氏が12日の実務者協議で表明したことだ。
県の長谷川空港課長が「新潟-青島-済南に、航空路を開設していただきたい。県の補助金制度では、着陸料の2分の1補助とB737ベースで年間1,500万円。新規航空路開設の場合は、これにプラスアルファを考えています。」と協議会の場で発言した。この発言を契機に訪問団の表情が変わった。新潟側の本気度が伝わったのだろう。
ここから山東航空・蘇中民氏と済南市政府・解西亭氏が、実務者協議で語った新潟への就航に懸ける意気込みを、箇条書きにて記す。
○山東航空は、3年前から日本乗り入れを検討してきた。
○その検討の中で、中国国際航空日本支社長・王曉平氏から、新潟への就航に強い推薦を受けている。
○既に、新潟訪問の前に、王曉平氏に「新潟が良い」と伝えている。
○この航空路(済南-青島-新潟)には、中国政府の航権と山東航空の採算面の課題がある。
○済南市の王市長には、「日本乗り入れは、新潟が良い」と報告している。
○当面、チャーター実績を積んで、定期化にもっていくのが順当だ。
○採算面では、多少の損失はいいが、大きな赤字は問題であり、赤字の場合は、山東省並びに済南市に考えがある。
○新潟との航空路開設は、市政府、山東航空の長期計画に入っている。東京へのアクセスを考えれば、自信を持っている。
○済南-青島-新潟の路線を支持したい。今回の訪問は、定期チャーター運行の相談にきた。
以上が、両氏が語った要旨である。
協議会後の午後6時から、ホテルオークラで150人の参加のもと、歓迎夕食会を盛大に行った。
夕食会後、15階のスターライトで2次会を行い、その場で、更に突っ込んだ話し合いをさせていただいた。
まず、定期チャーターとは、どんな計画で運行されるのか、聞いて驚いた。
私のイメージでは、年に4便ほど飛ばすプログラムチャーターのことだと思っていたら、週に2便は飛ばしたいと言う。名前だけチャーターで、実質定期便と変わらない。
また、省と市政府の対応について聞いてみた。「航空機を1時間飛ばすと5万元かかります。新潟と済南市では往復6時間、30万元(日本円で450万円)。その3分の1を行政が負担してくれます。チケット代(航空運賃)収入で3分の1、残りの3分の1を貨物収入と新潟側で負担してもらえば、何の問題もありあません。」それはそうだろう。しかし、新潟県の負担が多すぎる。「搭乗率はどのくらいを維持すれば、新潟県の補助が軽減できますか?」と聞けば、「60%から70%近く確保できれば採算ラインにのります。それ以上確保できれば、補助金は相当低くても結構です。」と言う。日本の行政が、中国の行政のように航空会社に大盤振る舞いの補助金を出すことは無理な相談だ。ここは、搭乗率を上げる事に力を入れるべきだろう。
「青島-北京間には、1日20便運行されていると聞いています。北京へのアクセスをアピールすれば、ビジネス客の搭乗が見込まれますよ。」と指摘した上で、「むしろ行政から一過性の補助金をもらうより、新潟県を中心に近県に北京への利便性の高い路線だとPRしていく経費と戦略をお願いした方が、長続きする路線になります。」とアドバイスしたら、解西亭氏から「済南からも北京へは、1日4便出ていますよ。」とすかさず言われた。この発言からも、青島市に対する都市間競争のすごさを見せ付けられた思いだ。
それにしても、蘇中民氏が「済南市政府から、就航後すぐに採算を問われることはありません。1年後に採算に乗ればいいんです。それまでは済南市が支えてくれるのです。」と心強いことを言われた。私としても苦労して開設したと思ったら、休止路線になるようでは堪らないと思っていただけに、この発言から山東航空と済南市の強い意気込みを感じ、「乾杯!!乾杯!!」と何回も杯を重ねた。これが日本酒だったから、こたえた。中国の乾杯は一気飲みだ。しかし、今日の酒は美味い!
ここで、山東航空と済南市を紹介しておこう。
山東航空は、1994年設立されB737を中心に42機所有している。国内120路線、国際線も1日5便運行している。
山東省の省都・済南市は、人口600万人、和歌山市・山口市と友好都市協定を結んでいる。「泉のまち」と言われ、市内のいたるところに泉がある。また大学のまちで、56の大学があり、学生数は100万人。ハイテク工業団地には843の企業が進出しており、日本の松下電器も進出している。GDPは2,185億元で、市政府も企業誘致に力を入れている。済南空港は、1992年に供用され滑走路3,600メートル、ターミナル8万平方メートル、利用者は年間370万人。能力は800万人まで可能で、北京空港が天候その他の理由で閉鎖になった時のサブ空港になっている。国内・国際線合わせて65路線を有している。
また、泰山、孔子の故郷曲阜にも近く、短い滞在期間(2泊程度)で、世界文化遺産を3ヶ所も巡ることが出来る。もう少し足を延ばせば、諸葛孔明の生誕地、水滸伝で有名は梁山泊にも行ける。中国の歴史上有名な史跡、歴史を動かしてきた偉人の所縁の地。歴史とロマンを感じさせる、それが青島市・済南市のある山東省なのだ。
この路線が開設されれば、中国5000年の歴史に触れられる旅行の利便性が飛躍的に向上する。また、北京をはじめ中国首都圏のビジネスマンの利便性も高まる。
私が青島市を初めて訪問してから8年が経った。訪問回数も15回になる。青島との航空路開設を目指して実施した双方向チャーターも、今年で4回目。ようやくこのような報告が出来るところまできた。
ここからは、新潟県、新潟市の行政が、開設実現に向け頑張るべきだ。もちろん私も、これまでどおり先頭に立って頑張るつもりだ。
最後にあらためて決意を述べて、報告とします。
H19.9.12
振り返って過ぎし 夏の政治活動を想う
本日から9月定例会が始まる。
6月29日に6月定例会が終わって、2ヵ月半振りに開かれる定例会だ。
国会も、通常国会が終わり、10日から臨時国会が開会された。
この期間は、政治的には長い夏休みと言われてきたが、私にはとても夏休みを謳歌するどころではなく、忙しく充実した政治活動の日々だった。
塚田一郎氏が、参議院議員選挙で勝利したことは、前回報告した。
8月のお盆過ぎに、中国国際航空日本支社の弘農支社長補佐からビッグニュースが入ってきた。
それは、9月12日(まさしく今日)に山東航空の蘇中民副總経理を団長とするご一行が、新潟市を訪問するという連絡だ。山東航空が、新潟市を訪問すると決断してくれたのには、これまでの伏線がある。
まず、昨年8月に、吉田六左エ門先生と県の交通政策局副局長と私とで、山東航空の本社(山東省済南市)へ「新潟―青島間の航空路開設に山東航空から就航していただきたい」との、要望活動を行ってきた。
今年の6月に入り、山東航空市場部副部長の江航氏と、FAXで5~6回のやりとりをしてきた。先方からは、就航した時の県・市の補助金制度の内容の問い合わせが主だったが、私としては「百聞は一見に如かず」で、「就航の仕方によっては補助金の内容も異なります。まず、皆様方の目で直接新潟を見てください。来て下さい。」と言い続けてきた。FAXで回答してしまえば、その内容如何では「これでは新潟はダメだ」と、新潟を見ずして判断される恐れもある。結果して、今日、新潟に来ていただけることになったので、作戦が功を奏したと思っている。
2泊3日の滞在期間の日程を、弘農氏から任された。当初、中国国際航空で作成するものと思い込んでいただけに、慌てた。
12日、午後2時50分に新潟空港に到着してから、空港関係者による実務者協議、そして青島市友好交流委員会主催による歓迎夕食会。
13日には、小熊副知事、篠田市長への表敬訪問と、市内観光地視察。
最終日14日には、東港や、堀川の蒲鉾工場も視察する。
「新潟に来てよかった」と思っていただけるよう、内容の充実したスケジュールが組めたと思っている。
特に、歓迎夕食会は、ホテルオークラ新潟で150名からの参加者のもと盛大に行われる。短い準備期間の中、何かと苦労したが、吉田事務所、塚田事務所と力を合わせ、お蔭様で民間の力で熱烈歓迎できることを誇りに思う。
私も、今日明日と同行するので、精一杯ご接待申し上げ、何とか悲願の航空路開設に山東航空のご決断をいただけるよう、頑張ろう!
 
青島市人大との会談(八大関賓館)
8月30日から9月4日の5泊6日の日程で、日中友好促進議員連盟で訪中してきた。16名の議員団の団長として、青島・ハルピン・北京を訪問した。
今年は、日中国交回復35周年の記念すべき年だ。
また、4月の選挙で新人議員が増え、姉妹都市のハルピンへ行ったことがない人が多くいる。私は、友好交流を行うには、まず先方のまちを識ることから始まると思っている。
青島市とは、昨年、馬論業副主任から「議会間の交流協定を結ばないか」との提案を受けており、その進め方について協議をしたかった。
青島市の徐長聚主任から、青島市で一番高級な迎賓館にお招きいただいた。
「八大関賓館」である。ケ小平が滞在するとのことで作られた、立派で荘厳な建物だ。
そこでの会談で、徐長聚主任から「青島と新潟の交流は、幅広い市民の交流によって成熟してきています。我々議会同士が、友好交流を行うことによって、更に交流を促進できることでしょう」とのスピーチがあり、私から「徐長聚主任の提案には同感です。我々も議会が中心になって、教育文化・スポーツなど幅広いジャンルで交流を行うことは、双方の発展と友好に大きく寄与するものと考えます。青島市とは航路では結ばれておりますが、航空路については未だ夢の途中です、ここに良い話があります。9月12日に、山東航空が新潟市を視察してくれます。山東航空に新潟への就航を決断していただくために、是非、徐長聚主任からもご尽力をお願い致します」とスピーチしたら、会議終了後「山東航空にお会いになったら、新潟―青島間だけの話ではなく、青島から済南まで延ばしてくれるように言ったほうがよいですよ」と、貴重なアドバイスをいただいた。
中国でも、都市間競争が激しい。省都である済南市を差し置いて、青島市や煙台市が飛躍的に発展している。内陸部の済南市にしてみれば僻みもあろう。そこに「済南市まで」とお願いすれば、訪問団の中には済南市の職員もいることから、悪い気はしないだろう。我々としても、世界文化遺産である泰山、孔子の故郷・曲阜へのアクセスも便利になるというものだ。
 
ハルピン市人大との会談
さあ、その大事な山東航空・蘇中民副總経理の訪問が、今日の午後より始まる。加えて、9月定例会の開会日だ。準備万端整えたとは言え、いろいろなことが重なってきている時だけに、抜かりなくやらなければと、気を引き締めながら原稿を書いている。
もちろん、この結果については「続編」で報告させていただきます。
H19.7.29(日)
自民党大敗の中で、
つかだ一郎トップ当選、佐藤のぶあき当選のご支援に感謝します!!
歓喜、感涙、雄叫び・・・、万感を込めた想いを爆発させた万歳だった。
つかだ一郎にとっても、積年の悔しさを秘めての17日間。全力で戦ってきただけに涙を流しながらの万歳だった。
私はこの5年間、つかだ一郎を弟のように想い、私の後援会のあらゆる催しに招待してきた。それだけに、我が事のように嬉しい。
それにしても、403,497票とは良く取ったものだ。当選して当たり前と言われてきた選挙が一変して、自民党に大逆風。よく頑張ったと肩を叩いてやりたい気持ちだ。
選挙の最終日、古町十字路でのつかだ一郎、佐藤のぶあき合同街頭演説会の締めくくりの司会を頼まれ、私が務めた。
幾多の選挙ドラマが展開されてきたこの会場で、開会時より聴衆が2倍も3倍も増えた。その聴衆が、36分間の演説会が終っても立ち去らない。
「これは明日はいけるかな!」と、一応の手ごたえを感じた。この時のつかだ一郎と佐藤のぶあきの演説はすごかった。まさしく必死の訴えだ。
司会を務める私も、どんどん胸が熱く感情が高まってくる。
「5年間の浪人の悔しさ、それでも希望を失わず夢を持って頑張ってこられたつかだ一郎候補に今一度大きな拍手をお願い致します」
「政令市新潟の発展のためには、政府与党との太いパイプが必要なんです。つかだ一郎、佐藤のぶあきを勝たせてください!!」
「新潟市出身のつかだ一郎、佐藤のぶあきを勝たせてください!!勝たせてください!!」
「明日の投票日には、つかだ一郎、佐藤のぶあきを、勝たせてください!!勝たせてください!!」と絶叫した。
そのたびに二人の候補は深々と頭を下げていた。
私も叫びながら思わず目頭を熱くした。
本当に二人の候補が、全身全霊を込めた最終日の演説会だった。
私としては、新潟の選挙では満願成就だったが一方、自民党の大敗にはビックリした。僅か37議席、史上2番目の惨敗だ。
年金記録不備問題、政治とカネの問題、閣僚の不適切な発言などが敗因だとマスコミは報じているが、しかし、このような問題だけで参議院議員選挙が行われていいのか。本来、参議院議員選挙は外交や防衛など、国家の基本になる政策を論じて、国民の判断を仰ぐべきだ。それが、大臣が絆創膏を貼っただけでテレビが朝からワイドショーで騒いでいる。年金問題にしてもそうだ。「消えた年金を取り戻そう」などと政策以前のキャッチフレーズ的に騒ぐ。ところが、年金は何も消えていない。社会保険庁が10年もかかってできなかった年金記録の統合を1年以内に行い、5年の時効を撤廃する法案も成立させている。安倍総理は最後の1人まで確実にやると言っている。
そもそも、安倍政権は発足10ヶ月で随分仕事をしてきた。戦後レジームからの脱却を目指し、教育基本法改正、憲法改正のための国民投票法案の成立、防衛省の発足など、国家の根幹にかかわる課題をはじめ、今回の通常国会では97件の法案を提出し、89件を成立させた。これは、昨年の小泉政権を超える91.8%の成立率だ。この他にも議員立法が23件、こんなに法案を成立させた内閣は最近では見当たらない。こういうテーマで選挙を戦うべきだが、年金問題で演説すると何か言い訳に聞かれてしまう守りの戦いに陥った感じだ。
21日に、麻生太郎外務大臣が来援して万代シティで演説が終ったあと、司会をしていた私の耳元で「年金問題は消えたね、国民は貰えるとわかったらもう興味が薄くなるんだね。演説していてわかるもん」と言っていたが、選挙結果を見れば、これも見通しが甘かったと言わざるを得ない。民主党は、政策の戦いを政局の戦いにすることしか意識がなかったのだろう。だから、ばら撒き的な、国民に甘言を呈するような政策ばかりを並べる。とても安心して国政を任せられる政党とは思えない。小沢党首が過半数を取れなかったら引退するとまで言う。小沢党首が引退しようがしまいが、国家の根幹をなす問題ではない。
今回の選挙ほどスキャンダルと不適切な発言、本来の国政選挙のレベルではない論戦に終始した選挙はない。何のために参議院は解散もなく6年間保障されているのだ。
安倍総理は、続投を決断した。当然のことだ。もちろん、国民が示した判断を真摯に受け止め正すべきは正し、内閣も自民党もしっかりやることは当然だ。政権を賭ける戦いは衆議院だ。両院協議会で意見が一致しない時は、衆議院の優越によって衆議院の議決が国会の議決となる。しばらく、安倍総理は「何故辞めないんだ」と、批判されるだろうが引き続き改革を実行すべきだ。そうでなければ3年毎の参議院議員数で政権が変わってしまうことにもなる。それも、たった29の1人区で。そもそも1人区は衆議院の小選挙区制度と同じで、ちょっとした風が吹くとガラリとかわる。小泉総理の27勝2敗、今回の6勝23敗。こんな風の吹き方の結果で、政権が変わるのは決して日本の国益ではない。
つかだ一郎、佐藤のぶあき、お二人のご活躍を祈念致します。
H19.7.18(水)
中越沖地震
7月16日午前10時13分、中越沖を震源とするマグニチュード6強の大地震が発生した。
今日現在、死亡9名、重軽傷者1,000名以上、全壊家屋343棟、全く痛ましい限りだ。亡くなられた方は全て70才以上、いわゆる災害弱者だ。全壊した家屋の前で呆然と佇むお年寄りがテレビに映し出されると、思わず胸が詰まる。私自身が43年前の新潟地震の被災者であっただけに、痛いほど気持ちがわかる。
特に、先の中越地震で家を損壊された方は、僅か3年弱でまたも災難にあわれたのだ。科学技術の進歩したこの時代に、天災とはいえ、人間の英知では如何ともし難い現実に、テレビを見ていて涙に濡れた眼で、天を仰ぐ。
もともと新潟県は、地震の多発地帯だそうだ。「神戸―新潟ひずみ集中帯」といい、今回の地震がそれにあたる。神戸から福井、石川を経て新潟に至る帯状の地域に、エネルギーが集中して溜まっているという。12年前の阪神淡路大震災、3年前の中越地震、3月の能登半島地震もこれだ。今回の地震で帯の両端である神戸と柏崎が揃ったといえる。
中越地震の記憶も生々しいことから、泉田知事や自治体の対応も素早かった。知事は、地震発生後直ちに自衛隊に災害出動要請、新潟市も消防局職員と市民病院の医療チームを派遣した。県内自治体の対応は素晴らしかった。
それにしても、安倍晋三総理が地震発生当日に、現地入りしたのにはビックリした。地震発生時、遥か長崎市で遊説中だったにも関わらず、官邸にとって返し、ヘリコプターを乗り継いで6時間後には柏崎市にいた。被災者にとっては、どんなにか心強かっただろう。
43年前とはいえ、新潟地震の時の私は、2晩野宿、水も食糧もなかった。あったのは買い置きのビールだけ。3日目にようやくごま塩をまぶした冷たい握り飯がきた。これがどんなに旨かった事か。その味は今でも忘れられない。
「災害は忘れた頃にやってくる」と言われるが、最近は忘れないうちにくる。たまたま14日に私の自治会で、6月3日に実施した防災訓練の反省会をやっていた。皆さん、真剣に議論してくれた。それだけ地震も、火災や交通事故のように身近になったのか。幸いに地震発生後、自治会内を見廻ったが全く異常はなく、植木鉢もひっくり返っていない。何人かの方に声を掛けたが、皆さん冷静に対応したようだ。やっぱり、日頃の訓練は大切なことだと痛感した。
皆さんの冷静さを見て、恥ずかしくなるのが私と家内。テレビで大リーグ中継を見ていたら、いきなりドスンときてミシミシと家が揺れる。これは大きい、地震だ!とばかり、飛び立ってトイレ前に行く。何故ここへ行くか、ここが柱が混んでいて家の中では一番丈夫な場所なのだ。家内を「こっちへ来い」と呼ぶ。「火はついてないし・・・」などと言って、悠長に構えている。もう家が潰れるほどの揺れが1分余り続いている。実は、中越地震の時も私だけが家にいて、家内は鉄筋コンクリート建ての美容院にいたので、我が家の揺れの大きさを体験するのは最近では初めてだ。悠長に構えていたと思ったが、あれは怖くて動けなかったのかもしれない・・。
市役所の発表では、東区は震度4だったが、我が家では震度5か5強に思えた。それだけ家が古くなったのだろう。昨年、耐震診断をしていただいたのだが、診断結果は「大地震が発生した際には、倒壊若しくは大破壊」との何とも恐ろしい結果。その診断通り震度4でも、これは潰れるなと思うほどの揺れときしみ音。家内曰く「地震も段々新潟に近付いてきたから、この家ももうダメだわ」。う〜ん、命あってのものだ、どうしようか。先立つものがないだけに我が家の大問題だ。夜に娘が帰ってきて言うには「なんか2階が傾いているよね」。これまた恐ろしいこと言う。
余震がくる度にミシミシという音がすると、心臓がドキッ!
被災地の皆様が不安の中で過ごされているのが良くわかる。
「どうか、お体を大切に」と祈っている。
さあ、これからは支援活動をしなければ!
そうそう、参議院選挙も忘れずにしっかりやって、つかだ一郎候補に当選していただき、災害復旧に大いに働いてもらわなくては。
H19.7.6(金)
6月定例会終る。さあ、参議院議員選挙だ!!
いささか報告が遅くなって恐縮だが、6月29日(金)に6月定例会が閉会した。従って、1週間遅れの議会報告になるが、議会が終ってみれば待ってましたとばかりに参議院議員選挙の用事が次から次へと舞い込み、加えて私自身のNPO法人の用務などにも忙殺され、気がつけば1週間経っていた。
振り返って6月定例会は、改選後初の定例会であり、一般質問は新人のオンパレード。初々しく張り切って壇上に立つ姿は、私の20年前を見るようで懐かしくもあり、中には将来の新潟市議会を背負って立つであろう人材もあり、頼もしく思えた。
さて、負託された議案は、2008年サミットG8労働大臣会合開催に向けた、平成19年度一般会計補正予算をはじめ条例の一部改正など、全部で24議案が提案され全て可決された。
中でも注目された議案、ゴミの有料化を導入する「廃棄物の減量及び適正処理等に関する条例」の一部改正として、家庭系廃棄物の手数料の新設が可決されたことである。これは、家庭系ゴミを10種13分別に変更することになり可能な限り資源化を図り、最終的に焼却や埋立処分されるゴミを減らし、高品質なリサイクルを確保する。また、燃やすゴミ・燃やさないゴミを指定袋により有料とし、粗大ゴミは有料シールを貼った上で個別収集とする。有料化による手数料収入は、資源循環型社会の促進策や地球温暖化対策、地域コミュニティ活動への支援など市民に還元されるとしている。これにより市民1人1日あたりのゴミの排出量を平成17年度実績値から約100グラム減量し、23年度には570グラムにすることを目標としている。市民負担については、標準世帯で年間5,000円と想定しているとの説明であったが、新たな市民負担になることから共産党や社民党から強い反発もあったが、これはいささか反対の声が遅すぎる。共産党はともかく、社民党の反対には疑問がある。この有料化の背景には、合併時に新津・豊栄のように既に有料化を実施している市町村と無料にしている市町村とが一緒になるため、合併建設計画に「当分の間」という前提で、現状の一国二制度を存続させた。無料か有料かと言えば、市の財政状況からすれば有料になるのは当初の合併協議の中でも当然視されていたことだ。それにも拘わらず、合併には賛成、有料化には反対という政党の姿勢は理不尽だ。
ともかく無事可決され、執行部も安堵したことだろう。かつて長谷川前市長は「ゴミは最大の市民サービス」と言って、ゴミの有料化には頑として踏み込まなかったが、時代は変わった。地球温暖化が大きな国際的な問題となる中で、市民一人ひとりが「燃やせばゴミ、使えば資源」という当たり前のことを再認識すべきだろう。
ただ、懸念されるのは、有料化が実施される来年6月1日までに、市民に対する説明をきちんとやり、スムーズな移行が臨めるかということだ。市では、自治会をはじめいろいろな団体、アパート経営者などに2,000回もの説明会を開催すると言っているが、問題は説明会の回数もさることながら、新潟市始まって以来のゴミの有料化政策を初めて体験する市民に、協力してもらうためにどう理解を得るかだ。全国の自治体を見ても、有料化に転換する自治体が増えている現状とあれば、これは時代の流れだ。
さあ、定例会は終わり、いよいよ参議院議員選挙だ。民主党に2議席独占され、自民党が悲願の1議席奪還なるか。マスコミはこう書くが、そんな悠長な話ではない。政令市新潟は、いまこそ自民党の国会議員を必要としているのだ。吉田六左エ門先生が一手に引き受けている国とのパイプ役が、もう一人欲しい。それが政令市新潟の発展に大きく影響する。野党の国会議員が何人いたって、新潟市の発展には役に立たない。だってそうだろう。毎年予算に反対する人が、どうして本市の発展に役立つのか。
中川秀直幹事長の演説を聞いた。「気をつける、甘い言葉と民主党」・・・全くその通りだ。財源の裏づけもない政策を掲げるのは、国民を欺く甘い言葉だ。
H19.6.18(月)
中国国際航空日本支社長 王 曉平氏 ご来新
“待ち人来る!!”青春時代に恋人が尋ねてきてくれたようなワクワクする気持ちで、王曉平氏を新潟駅-新幹線ホームで出迎えた。颯爽とホームに降り立った王曉平氏(女性)の笑顔が眩しく見えた。支社長補佐の弘農功氏と共に、1年も前から新潟を実際に見ていただき、新潟-青島間の航空路開設に結び付けたいと吉田六左エ門先生とお願いしてきた経緯がある。それが、この度実現した。1泊2日の視察日程で、歓迎準備は万全に整えたとはいえ、何とか新潟を気に入っていただき、航空路開設に有望なマーケットだと認識していただければ、1年間の苦労も実るのだが・・・。精一杯接待しなければ、との想いに体が引き締まる。
この度の視察の日程は、市役所とも相談して決めた。
まず、新潟駅から直接、旧巻町にあるカーブドッヂワイナリーに向う。中国では、最近ワインが流行しており、王曉平氏も興味を持って見て廻り、ワインの試飲もされた。昼食は、洋食を振る舞ったが、かつてヨーロッパに赴任した経験もあるそうで「なかなか味のしっかりした料理ですね」と、ご満悦だった。
昼食後は、白根グレープガーデンへ。苺狩りを楽しんで、大きな苺の木の下で休憩。すっかり打ち解けた雰囲気で「中国では、こんなおいしい苺はないですよ」と、「お腹がいっぱい」と言いながらも次から次へと口へ運んでいた。私が「ここに中国から農業視察団が最近大勢訪れるんですよ」と言うと、「そうでしょう。中国も最近、量から質で美味しいものをつくる気運があるんですよ」と、葡萄の木を見ながら答えていた。1本の房から300房も育てている光景は、初めて見たようで、グレープガーデンの社長に興味深く質問していた。
午後3時30分に泉田知事を表敬訪問した。中国と新規の航空路の開設に躍起になっている知事は、大歓迎。それはそうだろう!わざわざ日本支社や北京の本社に行っても、なかなか会ってもらえない航空会社の幹部が、わざわざ出かけて来てくれたのだから。王曉平氏は「来年は北京オリンピックが開催されるので、日中の往来は今よりももっと活発になる。ただ、オリンピックの一時的なものだけでなく、恒久的なものにするには、日本のビザ発給がスムーズでないことが問題なので、日本政府に地方からも声を上げてもらいたい。」と知事に要請。ビザ発給は私が随行している間にも、私に強く訴えていた。「日本は近いから、ビザ問題が解決されれば日本に来る中国人がもっと増えますよ。さっきのグレープガーデンだって、中国人が視察に来ると言ったけど、結局ビザがうるさいからヨーロッパやアメリカに行ってしまうのよ」と。勿体無い話だ。
国交省が、ビジットジャパンキャンペーンを大々的にやって、年間1,000万人の観光客を日本に呼ぼうとしている時に、外務省はそれに水を差す。航空会社からすれば、潜在的な乗客がいるのに、日本政府が拒んでいるとしか思えないではないか。日本国内で、中国人の犯罪が多発していることが背景にあることは承知していても、もう少し工夫できないのか。縦割り行政の典型的な構図だ。泉田知事は「若い人達から中国を知ってもらう事が、将来の交流拡大に繋がります。県も今年は、日中国交回復35周年なので、この視点でいくつかの事業をやりますよ!」。そして、私を指して「新潟市も修学旅行で中国に行ってもらっては。せっかく教員の人事権もやったんだから」。後段の人事権の話は余計なことだが、確かに修学旅行に中国へ行かせることは良いことだ。山東省には孔子の故郷や、泰山のように中国5,000年の歴史を見る観光資源に事欠かない。泉田知事は最後に「少しずつ実績を積み上げながら航空路の定期化に繋げて行きたい」と、王曉平氏に語っていた。おそらく王曉平氏にしてみれば、新潟-青島間に航空路を開設しても、県からバックアップはいただけるものと確信できたのではないか。
そもそも、王曉平氏の戦略は、中国国際航空がいきなり就航するのではなく、子会社である山東航空に就航させるお考えのようだ。昨年8月に、私と吉田六左エ門先生に山東航空にあいさつしておくようにアドバイスをしてくださり、私たちは山東省の済南市にある山東航空本社まで表敬訪問をしてきたのだ。その山東航空の副董事長が、6月末に東京に来られる。その折に打合せをし、7月か8月に山東航空を伴い再度新潟を訪問するお考えと、私に明かしてくれた。吉田先生と足掛け4年、新潟-青島間の航空路開設も終盤の詰めの段階に入ったと感じさせる。
そんな想いもあって、夜の歓迎夕食会は盛り上がった。篠田市長もお忙しい日程の中、二次会までお付合いしてくれた。かつて吉田先生が「新潟には、いい料亭がいっぱいありますよ。王さんが来てくれれば最高級の料亭にご案内しますよ」と言ってきたので、グーンとはずんで行形亭と相成った。新潟の文化の象徴、芸妓の踊りには目が釘付け、新潟の夜を堪能していただいた。
私は政治家の秘書とともに、営業マン出身の議員である。物を売ることには業界の中でも県内ベスト3に入っていた。航空路開設は、まちを売ることだとばかりに5年前から懸命にシティセールスに励んできた。しかし、国家間に跨る航空路開設は、私一人の力はおろか新潟市役所だけの力でも到底及ぶものではない。だが、今、フォローの風が日中間に吹いている。日本も「アジアゲートウェイ戦略構想」で、日中の地方間の航空路開設は実質フリーにした。規制は撤廃したのだ。そうだとすれば、あとは航空会社の就航意欲があるかどうかにかかっている。そういった意味では、王曉平氏と山東航空が次に訪問してくれるチャンスに、新潟市をどうアピールできるかが、長年、航空路開設を目指してきた政策課題実現の鍵となる。
H19.6.9(土)
自由民主党政令指定都市議員連絡協議会
自由民主党政令指定都市市議会議員連盟 合同総会に出席
週末の土、日曜に開催された自由民主党政令指定都市議会議員連盟と自由民主党政令指定都市議員連絡協議会の合同総会に出席してきた。
市議会議員連盟は、17の政令指定都市の自民党市議会議員で構成し、374人が会員となっている。
中川秀直幹事長が会長の議員連絡協議会は、自民党本部役員と政令市選出の衆参国会議員約70人が会員となって、総会が開催される。本会は、大都市が抱える課題や都市政策に幅広く取組んでおり、19年度事業計画においても以下の大都市政策の確立を図ることが採択された。
〔1〕 三位一体改革の確実な推進(補助金、交付税改革、3兆円税源)
〔2〕 社会保障制度の総合的な改革(年金、医療、介護、生活保護等)
〔3〕 少子化対策の充実(保育施設の競争促進等)
〔4〕 教育現場の活性化(教育委員会の改革等)
〔5〕 治安・安全の確保(大規模災害、テロ、情報セキュリティ等)
〔6〕 経済活性化に向けた地域再生、雇用政策の推進
〔7〕 地方議会制度の充実強化のための制度改正に向けた取り組み(議員の公選職の位置づけ、議長の議会招集権等)
更に、全国5ブロックに区別しているブロック会議(新潟は札幌、仙台と一緒でAブロック)を年2回(今年1回)開催し、ブロックの課題を「ブロック別政策研究会」として、調査・研究を行うこととされた。
総会に参加して感じたことは、かなり密度濃く活動をしており、さすが政令都市の集まりだなと感心した。特に議員連絡協議会の国会議員との連携がいい。国会議員と市議会議員との立場の違いはあるが、お互い自民党同士だ。政策実現力を兼ね備えた政治力も充分にある。
私はかつて議長として、全国議長会にも2年間参加してきたが、この議員連盟はひと回りも、ふた回りもレベルが大きいと感じた。
総会が閉会した後、自民党幹事長の中川秀直氏より講演があった。この講演が面白かった。時はまさに国会の会期末を控え、重要法案の参議院での成立を巡って緊迫している中での講演だっただけに、興味を持って聞いてきた。その講演の要旨を記す。
「今回の参議院選は、天下分け目の戦いだ。自民党が勝てば希望とロマンの美しい国、日本。民主党が勝てば失われた10年、成長に逆行する国になるか。我々は、従前国家に戻さないために必死で戦う。安倍内閣は、今国会に教育三法案、公務員制度改革法案、これは公務員天国は許さない、労働組合の親方日の丸体質をさせないためにも必ず成立させる。
更に、年金法案、これは社会保険庁の解体法案だ。ところが、この法案を阻止しようと、年金記録不備が次々と出て来る。私はこれを、民主党と社保庁労組の自爆テロと言っている。」
「そもそも、基礎年金記録を1人1番号に統合すると決めたのは、平成8年の村山内閣の時だ。その当時の厚生大臣は菅直人だ。3億件あったものを1億5千万件に統合した。10年かかってまだ5千万件が残っているという。しかも社保庁は記録が残っていないので、解からないという。こんな体質が社保庁の労働組合なのだ。「コンピュータは、1日3時間しか動かさない」こんな覚書が労組との間にある。社保庁の労組が6月8日になって、協力すると言い出した。」
「自民党は10年もかかって、5千万件も残しておくような社保庁はどうしても解体したい。民主党は厚労省の外郭団体として残したいと言っていたのが、国税庁と統合せよと言い出した。国税庁の労組は社保庁の労組と一緒になるのはいやだと拒否している。社保庁の職員は、全員解雇6分割して再編する。5千万件は、1年間で解決する。社保庁の職員は17,000人、非正規職員を含め20,000人。全職員が1日当たり5〜6件処理すればよい。コンピュータシステムが完成すれば、民間なら4ヶ月でできる。業務執行体制が余りにも杜撰だし働かない。その労組を守るのが民主党だ。参議院選の敗北は、自治労・日教組の牙城を許すことになる。」
「ここに地方公務員と民間とを比較した賃金のデータがある。清掃職員の月給は、民間と比較して仙台では1.7倍。神戸1.69倍。学校給食員では堺市2.41倍。北九州2.0倍。京都市の用務員は1.06倍。自動車の運転手、横浜で2.16倍。静岡市で2.11倍。札幌市の守衛は2.73倍。電話交換手、京都市で1.89倍。名古屋市1.7倍。これが公務員の実態だ。皆さんの議会で問題にして欲しい。」
「小沢一郎は、年金は税で行うという。その財源は、国から地方への交付金19兆円を6兆円カットして充てる考えだ。これでは、交付金に依存する地方は成り立たない。」
「美しい国づくりの政策軸は、社会改革≪共に支えながら生きていけるコミュニティの再生、美しいくにづくり≫、≪省庁の縦割り排除≫、≪道州制の導入≫、≪行政の非効率改善≫、≪三位一体改革での地方分権一括法の推進≫。これらは金、人、権限の流れを一体的に成遂げなければ成り立たない。 ≪美しい国土づくり≫、これはコンクリートジャングル、電線、建物の高さ、自動販売機など雑然とした景観を改善して、フランスが憲法に書いているように、歴史的な景観を保持していく。また、2050年まで温室効果ガス50%削減はサミットで織り込まれた。」
「最後に、野党にあるのは、不満と不安。自民党には国民を安心させる政策がある。」と締めくくって講演を終えた。約50分間の講演だったが、参議院選への必死の想い。重要法案成立にかける並々ならぬ決意も伝わってきた。
私が「公務員制度改革法案成立にかける決意を聞かせて欲しい」と質問したら、「絶対に成立させる」と断言していた。
わざわざ、大阪まで出かけていったかいがあったなと思わせる中川秀直幹事長の迫力のある話であった。
H19.5.7(月)
ゴールデンウィーク
一年を通して1番会合が少ない時期が、このゴールデンウィークだ。特に今年は、選挙があったためにこの9連休は絶好の休息の時間だ。
ところが、ジィッとしていられない性格なだけに、一日たりともゴロゴロしていた日はなかった。
連休前半は、NPO法人スローライフ夢クラブで割り当てられた、私の持分の畑の畝作りと棚作りにまる一日を費やし、二日目には自宅の大掃除。これも私の役割である、窓拭きと庭の草むしりに朝から晩まで没頭する。いやはや、普段使わない筋肉を目いっぱい稼動させたものだから、さすがに翌日は足腰が痛む。選挙で身体を酷使したためか、はたまた年のせいか・・・。
5月1日、友人達と今年初めてのゴルフに出かけた。生憎五月晴れとはならず、風が強かったがまあまあのコンディション。ところが、出だしのスコアはまるでど素人!一緒に廻った娘に「お父さん、私と同じスコアだよ」と言われる始末。数えてみたら、スタートから5ホールを終った時点で確かに同じスコアなのだ。それもそのはず、私ときたらトリプルボギーの連発。これでは親の権威も台無しとばかりに大発奮、ハーフを終って53。年に50以上叩くのは1回か2回しかないのに、いきなり53では情けない。ここは気持ちの切り替えが大事とばかりに、お昼に生ビールをグィーっと飲み干し、緊張感を持ってスタート台に立つ。パーを2つとって、トリプルなし、OBがあってもダブルボギーにまとめて、あがってみれば48。トータル101。まあ「100叩きの刑」ではあったが、今年初のラウンドであればこんなものだろう。ちなみに娘は129。どうも私と一緒だと良いスコアがでないらしい。私も極力にわかコーチなどしないで、そっと見守っているのだが、本人がどうも力が入ってナイスショットとはいかないらしい。(別に私に対抗心を持ってもらわなくとも結構なのだが・・・)
連休の後半は、孫と八ヶ岳で待ち合わせをして遊んで来た。孫も3年生と1年生。なぜか山とか海とかが好きらしく、「ディズニーランドに行きたい」などと一度も言われたことがない。私にとっても、そんな人混みの中に行くよりも、空気の良い、新緑の高原に行った方がよほど命の洗濯になる。
観光マップに、体験農園が載っていたので行ってみた。大正9年に造られた学校が廃校となり、ここで工作・陶芸・野菜の栽培教室など、都会の人が1日ゆっくりと過ごせる施設が完備されている。農園は、この施設を中心に点在しているが、それほど大きな規模ではない。今は民間(設立時は第三セクター)が経営している宿泊施設は、決して規模は大きくないし、宿泊料金も一泊5,000円と安く設定されている。東京から来られた中年のご夫婦が、5〜7日位宿泊して、野菜を栽培したり、陶芸・工作をして過ごしていくのだそうだ。まさにスローライフを満喫できるのだ。
今、妙高市や小千谷市でもグリーンツーリズムを売りにした集客で観光に結び付けようと、事業を展開している。良いことだ。本来ならば、田園型政令都市を標榜する新潟市こそ先駆けてやれば、もっと素晴らしいのだか・・・。
かくして「孫は来た時と、帰る時が良い」という川柳があったが、2泊3日では別れがつらい。今度顔が見れるのは夏休みだなと思うと、なお悲しい。
これも息子が東京に住んでいるせいだと思ってみても、息子の仕事が都市再開発のコンサルタントでは、そんな商売が成り立つ仕事が新潟にはない。「新潟に帰って来い」とは言えないのが現状だ。新潟も、地域経済が活性化して、まちの中心地がどんどん再開発されるような元気があるまちにしなければ、到底帰ってこれないだろう。心中複雑な想いで、帰路に着く。私のゴールデンウィークであった。
H19.4.24(火)
中国国際航空日本支社長 王曉平氏と会談
選挙が終って、いまだ後始末が終らない状態の中、王曉平氏にアポイントが取れ、会談のため上京してきた。
6期目の当選を果たし、早速政治活動を再開したと言えば、格好がよいのだが、新潟-青島間の航空路開設は、選挙期間中も気に掛っていたことなのだ。
それは、安倍総理の就任により、日中友好の気運が一気に高まったことで航空路線も拡大された。拡大されることは良いのだが、成田空港や関西空港のように大空港への偏った拡大傾向がうかがえる。加えて、羽田空港と上海虹橋空港間でシャトル便を運行されることが、日中航空協議で合意されている。日本はかねてより、北京や上海のように大都市への航空機乗入れを強く希望していた。それは、路線の採算面を考えれば当然のことだ。同じことが中国側にも言える。お互いの大都市間の路線密度が高くなれば、新潟市のような地方都市はどうなるのだろう。航空会社からは、魅力のある路線だとは思えないのではないだろうか。そこに私の危機感がある。
王曉平氏からも言われた。「航空路線を開設する場合、航空会社はまずマーケット調査をします。これは、採算性を考えれば当然ことです。」
航空会社が大都市指向である時に、日本海側初の政令指定都市と強調しても、新潟のマーケットがどう見られているのか、本当に心配だ。
それでも王曉平氏は、昨年と同様に山東航空をターゲットにして取組みなさいと、アドバイスを下さった。
私から「山東航空は、まだ認定航空会社の指定をうけていないのに、このまま山東航空をターゲットにして大丈夫ですか」と聞いたところ、「山東航空は、すでにソウル、シンガポールに国際線を持っているから、大丈夫です。あとは、日本への乗入れ枠が拡大してくれれば、山東航空にも充分チャンスがあります。」と、さらに「それにはチャーターで実績を積んで、できればプログラムチャーターで運航されれば、あとはマーケットの問題でしょう。」
その通りだ。そこで更にたたみかけて「私は昨年から、新潟にマーケット調査に来ていただきたいと、山東航空本社まで行ってお願いしてきています。王支社長から誘っていただけませんか。」とお願いしたところ、「私は今すぐにでもここから電話できます。總経理、副董事長に私と一緒に新潟へ行きましょうと、誘います。それはお約束できます。」と言ってくれた。全く心強く嬉しいお話だ。もしこれが実現できれば、航空路開設に大きなはずみになるのではないか。それでも心配なわたしは「山東航空をチャーターに使うには、青島の旅行社や新潟の旅行社に、多少不安の声があります。チャーターに使うにも不安の声があるのに、定期航空路に就航するのは本当に大丈夫なのでしょうか」と。しつこく聞くものだから、王支社長もいささかムッとして「大丈夫です。山東航空は中国国際航空の系列会社ですから、私たちが責任を持ちます。山東航空に対する不安は払拭してください。」と、きっぱり言われた。
ここまで私も言いたいことを言い、その上で王支社長からもはっきり言明されれば、後はアドバイス通りやるしかない。即ち、10月4日からの双方向チャーターは山東航空に頼むし、地元の旅行社が計画している青島へのチャーターの運航も、全て山東航空を使ってもらうよう働きかけをしなければならない。もっとインパクトを持たせるには、これを全てプログラムチャーター化することだが、努力したい。
吉田六左エ門先生と帰りにこんな構想を話し合った。
「いや、今日の一番の収穫は『王支社長と吉田、橋田三者会談で、山東航空總経理、副董事長を新潟に招聘で合意』だな。」と吉田先生の言葉。まさしくその通りだ。実りある会談だった。
H19.4.8(日)
感謝の再選
政令市移行に伴う、初の区制選挙の投票が本日行われた。
支持者の皆様から5,016票をいただき、6位での当選だ。
それにしても、初めての制度というのは戸惑いの連続で、厳しい選挙だった。
従来の私の選挙は、憲友会・はしわ会の組織で地元を賄い、憲進会の組織で全市をカバーする戦いであり、それで上位当選を果たしてきたが、区制により東区だけの範囲に限られたため、実に多くの票を失っての戦いであった。また、大江山地区・山潟地区の後援会も地区外となり、これでは片手、片足をもがれて戦場へ赴くに等しい。
こうした状況は早くから認識しており、対策を講じてきたつもりだ。後援会事務所を12月にオープンし、私自身、正月明けから後援会会員のお宅を訪問してきた。その軒数は、過去最高の5,000軒に及んだ。そして、告示後は「候補者の顔が見える選挙」とばかりに、48回の街頭演説会と個人演説会を実施して、直接私の政策を有権者の皆様に訴えてきた。
これが功を奏したかどうか、私自身は一定の手ごたえを感じたが、有権者の皆様がどう受け取られたのか、検証するにはもっと時間が必要だ。
とにかく、当選できたことに心から感謝申し上げたい。
この上は、政令市にいがたの発展に尽くしていく覚悟だ。
とりわけ、「東区の発展なくして政令市にいがたの飛躍なし」と訴えてきただけに、東区の発展、そして緊急課題となっている東区役所と区民会館の建設に真剣に取組みたい。
また、新潟―青島間の航空路開設もお話してきたが、選挙が終った今、吉田六左エ門先生と本格的に動き出したい。吉田先生の情報では、羽田―上海間にシャトル便を運航するにあたり、その枠の1部を新潟―青島間に持ってくる案を提案しているとのことであり、成功すれば実現に向けた大きな動きとなる。
青島と言えば、青島市人民政府外事弁公室副主任 李汝敏先生から当選を祝うメッセージをいただいた。ここに紹介しよう。
『 初春の候、謹んで貴職のご健康をお喜び申し上げます。貴職が先日の議員選挙において、新潟市議会議員に再選されたことを聞き、嬉しく思います。
貴職の青島と新潟両市各界の友好交流に傾ける努力と、お心遣いに心から敬意を表します。
同時に、今後とも貴職からこれまでと変わらぬご助力とご支援をいただけることを希望します。
ご都合のよろしい時、是非青島をご訪問ください。
最後に、貴職の安寧とお仕事のご成功をお祈り致します。
青島市人民政府外事弁公室 副主任 李汝敏
2007年4月9日 』
この他にも、青島華青国際旅行社の楊連成總経理からも心温まるメッセージをいただいた。国境を越えても、友人達の心情にはただ、ただ、頭が下がる。これほどまでに心配していてくれたのかと思うと、胸が締め付けられる想いがする。
とにかく、この度の選挙では実に多くの人たちからご協力を賜った。お世話にもなった。お一人お一人にお礼に廻りたい心境なのだが、新しい議会構成の仕事もあり、どれだけ廻れるか。廻りきれない方々には、私の政治活動を見ていただくことでご了承いただければと思う。
皆様には、大きなご支援をいただき心より感謝申し上げます。
さあ、今日より6期目のスタート、頑張ります!
H19.3.21(水)
2月定例会閉会
2月21日に開会した2月定例会が、昨日閉会した。
1ヶ月の会期は、選挙告示前の慌ただしい日程を持っている議員にとっては、本当に長く感じただろう。
提案された平成19年度一般会計予算をはじめとする98議案が全て可決された。予算関係では一般会計3,304億円、特別会計2,312億円、企業会計1,215億円、総額6,831億円の予算で新年度からの市政が施行される。
一般議案で注目されたのが議案第16号「新潟市基本計画を定めることについて」である。これは、昨年の12月定例会で、議員提案で条例を制定したことにより、議会の議決事件になったことで議案として提案されたものである。
総務委員会で、熱心に審議された結果、当初、継続審議という声もあったが、4月1日からスタートする計画でもあることから、継続で計画を遅らせられないとの常識的な判断もこれあり、無事可決された。ただし、全会一致とはならず、賛成多数での可決であり、基本計画の内容には不満を残した議員が多くいたことは、残念な気持ちもある。
しかし、この基本計画の審議は、我々が条例を制定しなければ、議会で審議をされないまま執行され、いろいろな問題点を含んだ計画であっても、計画がスタートしたあとでは、単なる「犬の遠吠え」に終わってしまう。その点、将来人口を想定した人口フレームについて、多くの議員が指摘したことに対し、執行部からは適宜修正を加える考えが示されたことは、評価できる。やっぱり、市の最上位計画である以上、議会できちんと審議したことは、大変有意義だったと思う。また、執行部も議決を得たことでお墨付きを得たわけだから、堂々と計画を推進していただきたい。
副市長人事も注目された。これは4月1日の政令市移行に伴い、助役、収入役制を廃し、新たに副市長制とするものだ。既に収入役である堀川武氏が副市長に就任することは議会同意を得ている。今回はもう2人の副市長に、総務省から和田裕生氏を招き、開発公社理事長の宮崎敏春氏を登用した。また、3人の副市長に区を担当させ、東区は和田裕生氏が担当することも発表された。
さあ、議会が終わりいよいよ選挙だ。もうゲートが開いて一斉にスタートしているほど、候補者は懸命になっている。その熱が有権者に伝わって投票率が挙がってくれれば良いが、区制選挙という新しい制度が今ひとつ市民には浸透しておらず、その点が心配だ。私にしても、先々の見通しが全く予測できない。6回目の挑戦と言えば、ベテランの部類に入る私ですらこんなていたらくでは支持者が本気になってくれるのか。とにかく頑張るし | |